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LDノート 2004年09月号『ケーススタディ No.940 「部下の適性」』

ケース

W社は医療用医薬品の卸会社である。製薬会社や医療機器メーカーと医療機関との橋渡しをしている。営業部は病院をお客様とする病院課と、開業医、診療所、クリニックなどをお客様とする開診課に大きく分けられる。石井課長(男42)のいる開診課では、とくにきめ細かな営業が求められている。

ゴルフも酒もやりませんので

月末の会議室。毎月の営業報告と目標達成への進捗状況などが話されている。

「…というわけで、今月はP診療所とN医院への売り込みが成功し、今後の取引拡大のきっかけができました。売り上げ目標数字も、今日現在96%まできています」

資料を持った坂田(男35)の報告が終わった。「じゃあ次、望月くん」石井課長が発言を促した。しぶしぶ望月(男24)が話し始めた。

「先々月から引き続き攻略しているSクリニックですが、これといった進展はありません。それから既存取引先への納品状況は、前年を10ポイント下回って厳しい状況です」

「Sクリニックへはどんな営業をしているんだ?」

「当社の在庫の充実や翌日配送といったレスポンスのよさなどを説明しましたが、S先生はそれほど関心を示しませんでした」

「それだけじゃだめだよ。いつも言っているように、そんなことはどこでも提案していることだよ。もっと先生なり、事務長、奥様などに取り入っていかなくちゃ。ゴルフの付き合いでもお酒の付き合いでも嫌がらずにしないとだめだ。私なんか犬の散歩をかって出て新規を獲得したこともあるんだ。先輩たちの中には芝刈りをしたり、野球のチケットを徹夜で並んで買って届けたという人もいるんだ」

「はい、それはよくわかっています…。ただ、私はお酒は飲みませんしゴルフもできませんので、そういう方法ではなかなかうまくいかないのです。S先生のご趣味もよくわかりませんし、どんなサービスをしたら喜ばれるのか…」

「きみはいつもそうじゃないか。営業はみんな同じ土俵で勝負をしているんだ。できない言い訳ばかりせず、自分にもできることはないか考えろ。まあ、たしかに新規開拓は厳しいことかもしれないが、好き嫌いで仕事をしてはいけない」

石井課長は、この日の会議ではいつもより厳しい態度で注意した。望月の仕事へのやる気のなさが腹に据えかねたからである。会議終了後、へこんだ望月を坂田が食事に誘っているのを横目に、石井課長は会議室を後にした。

適材適所とはいうものの

石井課長はその日、病院課の大塚課長(男42)を飲みに誘った。大塚課長は石井課長と同期で話もしやすく、お互いの愚痴をこぼし合ったりしていた。石井課長は望月のことを話してみた。

「望月はいまだに自分は営業に向いていないと言うんだ。よく話を聞いてやっているんだが、自分は昔から人付き合いが苦手だったとか、営業が希望ではなかったとか、言い訳ばっかりだ。営業をやっているやつは、みんながみんな先天的に営業向きだったわけじゃない。仕事を通じて営業の面白さを知り、営業マンとしての力をつけていくものだ。そう思わないか」

「たしかに営業力や営業センスは経験によってついていくと思う。でもその伸びは本人の質というかな、向き不向きで違ってきて当然だと思うんだ。うちの課でも似たようなことはあるよ。病院長や事務長との付き合いはやたらうまいのに、提案資料を作るのはてんでだめなやつとか、話は下手だが、すばらしいプレゼン資料を作るやつとか。今ではその2人にペアで営業させている。けっこううまくいっているよ」

大塚課長の話を聞きながら、石井課長は思った。そういえば、望月は医薬品メーカーからの資料整理や報告書作りは手際がいい。またポイントをついた提案書を作ったりもする。しかし、それだけではこの開診課ではやっていけないのだ。

アルコールが回っていい気分になった大塚課長は、言葉を続ける。「要は適材適所だよ。どんな人間だって活躍できる場を与えられれば、能力以上の力を発揮できるのさ」「適材適所か…」

営業マンとして育てよ

数日が過ぎた。いよいよ月末の追い込みの営業となり、開診課のスタッフもあわただしく動き回っている。営業マンの多くが目標を達成していくなかで、望月だけがぽつんと取り残されたようにマイペ-スな動きをしている。

石井課長は、同行営業をしてやる気も失せ、このままここにいても彼のためにならないのでは、と思ったりもする。しかし、たまたま会議で一緒になった人事課長に相談したところ、つれなくこう言われたのである。

「全社的に営業に力を入れようとしているところで、営業マンも足りない状況である。総務部など管理部門はどんどんアウトソーシングして人を減らしている。異動などさせずに、営業マンとして育ててほしい」。 石井課長は、お客様と電話で話す望月の声を聞きながら、何とかしなければと思うのだった。

解説

1.このケースの現状と課題

石井課長は、主に以下の3つの理由で望月君には営業の適性がないと判断し、異動をさせることまで考えていた。 (1)営業成績が悪い。 (2)本人から営業には不向きと申告があった。(3)望月君は上司である私のアドバイスを実践せず、言い訳や反発をする=やる気がない。

ところが、人事は、「全社的に営業に力を入れる」という方針のもと、ただでさえ不足している営業マンの異動は考えていないという。そのため、石井課長は望月君を異動させるのではなく、彼の適性を見直し、効果的な指導によって開診課の戦力に育てることが急務となった。

2.適性の見直し

適性とは、「仕事への向き・不向き」のことである。一般的に適性の3要素と考えられているのは、a.仕事に必要な能力(知識・技能)、b.パーソナリティ(性格・価値観・態度)、c.職業に関する興味や関心、である。 この3要素に加え、望月のような職業経験や実績の少ない若年層には、潜在的な可能性、つまりd.潜在能力、も視野に入れて適性を見る必要がある。

これら4つの要素から、再度望月の適性をみていくと、必ずしも営業に不向きではないことがわかる。たとえば、月末の会議での石井課長とのやりとり。営業数字そのものは物足りないが、営業報告と目標達成への進捗状況はしっかり出来ている。「Sクリニックへはどんな営業をしているんだ?」という石井課長の厳しい問いに対しても、自分のとった行動とS医師の反応をきちんと述べている。営業マンとして最低限の能力と実践力はある。

また、「医薬品メーカーからの資料整理や報告書作りは手際がいい。ポイントをついた提案書を作ったりもする」と石井課長が認めているように、望月はデータに基づく書類作成や新しい視点での提案ができる。まだ十分に活かされていないようだが、この能力は営業には必要な能力であり、それがすでに備わっているのは、適性があると判断してよい。

そして、石井課長が引っかかっている「やる気」の問題である。石井課長は、自分がアドバイスしたことを望月が実践しないし、指摘した際に言い訳や反発をするので、やる気も適性もないとみている。ここでは主に、パーソナリティに関する適性が問題になっているわけだが、よく見ていくと望月がパーソナリティを発揮している部分もある。たとえば、ゴルフやお酒などを付き合うことで取り入る石井課長のやり方を望月が実行しないのは、自分には向いていないと思っているからである。

決して反発ではない証拠に、「どんなサービスをしたら喜ばれるのか…」と悩んでいる。結果こそ出ていないが、この悩みはこれは望月がお客様の立場でサービスを考えている証拠であり、真摯な態度といえる。CS(顧客満足)の面の適性は高い。お客様を第一に考える姿勢があれば、S医師をはじめ他のお客様と良好なコミュニケーションと信頼関係を築く可能性は大である。何も考えず上司の言うとおり動いて失敗し、それを上司の責任にする、という営業マンに比べてはるかに好感が持てるし、そこに適性をみることができる。

このように、望月の営業における適性を見ていくと、潜在的な可能性を感じる言動が随所にある。

3.カウンセリング的かかわり

では、望月の適性を顕在化し戦力にするために、石井課長は今後どのようにかかわったらよいだろうか。 「自分のことを理解して欲しかったら、まず相手のことを理解せよ」、というのがコミュニケーションの鉄則にある。管理職としては多少抵抗があるかもしれないが、石井課長にはこれから、自分が先に望月君を理解することを心掛けて欲しい。その際、望月が「何と言っているか」ではなく、「何を言いたいのか・なぜそう思うのか」を中心に理解することがポイントになる。

たとえば、「望月はいまだに営業に向いていないと言っている」にとどめず、「どんな点で向いていないと思っているのか」を理解しようと心がける。同じく「どういう点で人付き合いが苦手と思っているのか」、「なぜ言い訳をするのか」などを理解する。

このように、先に上司が部下のことを理解するメリットはどこにあるのだろうか。 正しく理解すれば指導が的確にできることは言うまでもないが、それに加え、部下は、上司が自分のことを理解しようとしていることに気がつくと、それだけで不安感がとれ精神的に落ち着き萎縮をしなくなる。石井課長が理解しようとしてくれていることは、つまり自分が受け入れられている・尊重されている、と思うからである。

こういう心境は誰もが経験することだが、受け入れられていると思うと相手に自然に心を開く。そして、安心して質問や疑問や意見が口に出来るようになる。そうしているうちに、今度は自分を尊重してくれる人の話を聴きたいと思うようになる。聴く耳がもてるようになるのである。そして上司の反応や考えに耳を傾けるようになり、少しずつ上司の考えを理解できるようになる。

このような相互理解ができると、部下はこれまで自分に関して気づいていなかったことを知りそこに意識が向くようになる。「短時間で出来るようになったなあ」と言われれば、以前は遅かったことに気づき、もっと効率を上げる方法に取り組む。「みんなが避ける人とうまくやってくれて有り難う」と感謝されれば、人間関係に自信がつく。

これは言い換えると、自分で体験的に適性に気がつくということである。これも上司が部下を先に理解する時のメリットである。部下を理解するには時間がかかるが、誤った理解で遠回りするより、効果性は数段高いと思われる。

4.「傾聴のスキル」でかかわる

さて、部下理解のためには、カウンセリングではお馴染みの「傾聴」のスキルがある。 「傾聴」とは、相手が話す言葉の内容だけでなく気持ちや価値観までじっくり聴く。石井課長が聞きたいことを聞くのではなく、望月が聴いて欲しいこと、わかって欲しいことを聴く。これが大事なポイントになる。相手の話を聴く際、どうしても自分の価値観が邪魔をするので、自分の価値観や枠組みはひとまず脇に置いて聴く。

また、そのときの声の調子や表情、態度にも注意を払う。相手の少しの反応や変化に注目する。これも傾聴である。では具体的に傾聴にはどんな技法があるのか。ただじっと聴くだけではない。石井課長の言動からいくつか紹介していく。

● 会議で「じゃあ次、望月くん」と発言を促したらしぶしぶ話し始めた。
→ 発言を十分に聴いていることがわかるような姿勢をとって聴く。うなずく。元気がないようだったら「君が1ヶ月がんばった報告なんだから、もっと堂々と話せ」と励ます。 【受容・支持】
● 望月の報告が終わったら
→ 「なるほど、結果はよく分かった。Sクリニックへの攻略はしているが進展はない。既存取引先の納品状態は前年比10%マイナスという状況なんだね。」 【受容・繰り返し】
● 「Sクリニックへはどんな営業をしているんだ?」
→ 言い方にもよるが、幾分責めているニュアンスがある。聞いてみたいなら「そうか、じゃあSクリニックへは今月どんな営業をしたのかを教えてくれ」、または「君はS先生についてどんなことが知りたいの?」、「既存取引先にはどんなアプローチをしたいと考えているの?」 【質問・明確化】
● 「当社の在庫の充実や…それほど関心を示しませんでした」
→ ここは事実関係をしっかり報告出来ているので、「なるほど。うちの情報はきっちり出しているんだな。これは大事なことだ」と評価した上で、「なぜS先生は関心を示さなかったのだろうか。望月くんの見解はどう?」と聞いてみる。 【受容・支持・質問】
● 石井課長とのやりとりで「…S先生のご趣味もよくわかりませんし、どんなサービスをしたら喜ばれるのか…」
→ 「そうか、なかなか難しいとこだよなあ。しかし、君はサービスの本質をわかっているね。営業マンの基本が出来ている。大事なことだ」 【受容・支持】
→ 「趣味でなくてもいいけど、S先生とは普段どんな話が出るの?」 【質問・明確化】

「傾聴スキル」によるかかわりによって、望月へのかかわり方が変わり、石井課長は望月を深く理解することになる。未発見であった望月君の適性にも気づくだろう。そして、石井課長のかかわり方の変化は、望月の態度変容を促す。結果がついてくる可能性があり営業に不向きという望月自身の自己認識が変わる。そうなれば、近い将来、望月独自の営業展開ができるようになるであろう。

5.まとめ・リーダーシップのポイント

  1. 職業経験や実績の少ない若年層は、潜在能力も視野に入れて適性を見る必要がある。
  2. 相手が「何と言っているか」ではなく、「何を言いたいのか・なぜそう思うのか」を中心に理解する。
  3. 傾聴とは、聞きたいことを聞くのではなく、自分の価値観はまず脇に置き、相手が聴いてほしいこと、わかってほしいことを聴くことである。

(出典:近藤成子他「ケーススタディNo.940 部下の適性」『LDノート』2004年09月号、キャリアクリエイツ、2004年)

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