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Career Management 2007年6月号『ケーススタディ No.1004 疲弊する職場』

ケース

工具メーカーのU社では、このほど販路強化のための組織変更をおこなった。営業部を大口顧客専門の営業1課と、それ以外の顧客を対象とする営業2課に分け、顧客状況に合った営業提案ができる態勢とした。組織変更にともない増員もおこなわれ、営業2課の倉本課長(男45)のもとには、仕入部の内田(男33)と総務部の野沢(女23)が異動してきた。内田は、仕入窓口の業務経験で培った商品知識の豊富さと業界動向に詳しいことが期待されての異動である。

組織変更前は課長代理であった倉本課長は、男性4名、女性2名の計6名を擁する営業2課のスタートに際し、課長としての決意を述べた。

「この業界は全体の需要の停滞から縮小傾向にあり、厳しい状況が続いている。今回の組織強化では販路の拡大が喫緊の課題になっている。とくに営業2課は、足で稼がなければ売上増にはつながらない。君たちのがんばりに期待している」

乗り気のない返事

営業2課の課員は発足翌日から、既存の販路に加え、新規販売店の開拓に駆け回った。日中は鞄にカタログを詰め込み、商品説明、売場提案のために金物店・雑貨店めぐりをし、夕方社に戻ると、資料作成や商品配送手続き等で、夜の8時、9時まで残業する日々が続く。

内田は営業は未経験だが、商品や業界についての知識は十分あり、年齢も33歳ということで、すぐに現場に出された。

営業部隊はどこでもそうなのだろうが、常に数字を追う厳しさのせいか、仕入部の和気あいあいとした雰囲気はみじんもないように内田には感じられた。

あるとき内田は、お客様から特売セールをしたいので商品を割り引いてほしいと要求された。多少の値引きなら即決できるが、このときは独断で決められる金額ではなかったので、後日返事をするということで社へ戻り、さっそく倉本課長に相談した。

「というわけで、値引き要請されたのですが、どうしたらいいですか」

「値引きか・・。あの店はもともと大きな売上はないから、特売をしてもあまり意味がない気がするな。ほかの絵行はそんなことをしなくとも業績をあげているぞ」

「でも、これをきっかけに売上が増えるかもしれませんし、何とか協力できないでしょうか」

「そんなに言うなら、しょうがない、やってみろ。くれぐれも損は出すなよ」

倉本課長は、面倒なことはしたくないと言う様子でしぶしぶ値引きを承諾し、会議出席のために席を外した。席へ戻ってきた内田に、野沢が話しかけてきた。

「課長はどうしてしょうがないなんて言うんでしょうね。お客様が特売セールをするのだから、私たちが協力して大きなイベントにすればいいのに」

「そうなんだよ。売上を伸ばせって口癖のように言うのに、腰が重いというか、伸長というか・・・。なのに短気だったりするしなあ」

「そういえば昨日、石野さんが誤発注して、すぐ気づいて取り消したんですけど、課長が突然大声で、そんなことやってるからいるまでたっても売れないんだ、まじめにやれ!って、みんなの前で怒鳴って・・・。あの言い方はひどいと思います」

「そんなことがあったの。課長、きついなぁ。オレもなるべく近寄りたくないよ」

「石野さんが直行直帰ばかりするのは、課長と顔を合わせたくないからですよ」

「そうなんだ。そういえば他の人も直行直帰が多いよね。まあ、課長は数字さえ上がっていれば、何をしようが文句言わないもんな」

活気がなくなる職場

特売セールは無事終わったが、内田にとってそれほど達成感はなかった。というのも、課のだれからの応援もなく、孤軍奮闘した”しんどさ”だけが残ったからだ。特売セールの報告書をまとめながら、内田は仕入部にいた頃のことをふと思い出した。あの頃も残業続きだったが、課長も同僚もいい人ばかりで、明るく、助け合いながら仕事をしていた。

内田は書き上げた報告書を課長に持って行った。倉本課長は売上数字を1べつし、そっけなく言った。

「やっぱし、あんまり意味なかったな」

たしかに数字はそれほど上がっていなかったが、お客様は喜んでくれたし、新しい展開が期待できそうだと言ってくれた。恐る恐るそう言うと、倉本課長は、「またやってほしいから、みんなそう言うんだ。そんなのに踊らされちゃダメダメ」

その言葉に内田は黙り込んでしまった。

このやりとりを見ていた野沢は、廊下ですれ違ったときに、内田へ声をかけた。

「内田さんは休日出勤までしてがんばったのに、ご苦労さんの一言もないどころか、意味なかったなんで・・・」

「しょうがないよ、結果がすべてさ」

デスクに戻った内田は、かつての同僚に近況を知らせるメールを送った。<ここ営業2課の雰囲気は仕入部とずいぶん違うので、戸惑っている。全体的に活気もないし、ちょっと落ち込んでいるよ・・・>。しばらくすると、その同僚から絵文字を使った楽しい感じで、「ガンバレ!」というメッセージが戻ってきた。それを見ているうちに、内田は無性にわびしさがこみ上げてきた。

もとの仕入部への異動願いを出してみようか・・・。営業の仕事自体は嫌いではないが、このまま営業2課にいるとやる気がどんどんなくなっていくと、内田は感じ始めていた。

販路強化のための組織変更をおこない、倉本をリーダーに新体制でスタートした営業2課。しかし、課員たちには活力あふれる「やる気」が感じられない。それぞれが自分の仕事だけに向かい、コミュニケーションも希薄で一体感がない。そればかりか、リーダーの倉本を避け、信頼していない様子さえうかがえる。

このままでは、「販路強化」「販路拡大」という営業2課の使命は果たせないだろう。倉本は、どのように課の建て直しを図ったらよいのだろうか。

解説

1. 目標の明確化と仕事のサイクル

営業なので当然だが、倉本は課員に「結果」を厳しく求め、内田も「結果がすべて」と言っている。しかし、課のスタート時、倉本が課員に指示したことは「2課は大口の顧客ではないので、販路拡大のためには足で稼いで売上を増やしてほしい。君たちのがんばりに期待している」という、半ばスローガンのようなものであったため、倉本と課員との間には「結果」に対する認識に微妙なズレが生じていると思われる。倉本は、まずこの点について修正を図らなければならない。

つまり、2課の全体の目標を具体化し、明確に理解させることである。次に、目標を、各自の仕事のサイクル(PCDA:Plan-Do-Check-Action)に下ろしていく。つまり、P(目標を立て)→D(実践し)→C(評価・指導を受けて)→A(適宜行動変革を起こす)。

倉本が、課員と目標を決め、課員と一緒にこの仕事サイクルをまわしながらOJT教育を実践することは、新体制だからこそ重要かつ緊急課題であり、リーダーシップ発揮のチャンスなのである。

2. 関係修復を図るには

倉本は、内田がたった1人で勝ち取った特売セールの売上が少ないと見るや「意味がなかった」と切り捨てた。誤発注をした石野には「そんなことだからいつまでたっても売れないんだ」と怒りをあらわにしている。

部下にしてみれば、地道な努力は評価されず、ちょっとしたミスも怒りの対象になるのなら、なにをしても無駄ではないか。わかってくれない上司とはコミュニケーションをとりたくない。だから直行直帰という反発をする・・・。そう考えると、今の倉本への信頼感はないに等しい。

倉本は早急に課員との関係の修復をしなければならないが、倉本が部下を強制的に変えようとしても、「北風と太陽」のたとえのごとく、部下はますます反発するだろう。それよりも、倉本には、自身の「ものの見方」を広げることを考えてほしい。広がると部下とのやりとりが変わるはずだ。つまり、関係修復のポイントは、倉本が先に部下や状況に対する見方や考え方を変え、その考え方で行動してみることにある。

倉本は、内田から特売セールの値引きの相談を受けたとき、「あの店はもともと大きな売上はないから、あまり意味がない」と難色を示した。食い下がる内田に、「そんなに言うなら、しょうがない」と、渋々許可を出した。この状況で見方を広げるとどうなるか。

「あの店はもともと大きな売上はないが、君の言うように、やり方によっては特売セールをきっかけに、売上を伸ばす店になるかもしれないね」と可能性を示唆し、「応援が必要なら、みんなにも協力してもらって、ぜひ成功させてくれ」と、内田を奮い立たせる言葉をかけているだろう。特売セールを終了した内田が、「お客さんは喜んでくれたし、新しい展開が期待できそうだと言ってくれた」と報告したときは、「お客様に喜んでいただけたことは、営業の成果だ。お客様が積極的になってくださったこのチャンスを逃さないようにしてくれ。楽しみだな」となるだろう。

3. 中長期的・本質的・多面的な見方

この言葉には、「内田を課の柱に育てたい。そのために、課員との共同作業もさせ、結果を出し、全員に自信をもたせたい」という、内田や2課の将来を見据えた、「中長期的・本質的・多面的」な見方が背景にある。「お客様からのセールの申し出は、数字が見込めないから厄介なことだ」と、表層的・一面的に見てしまうと、内田も課員も、2課も育たないだろう。

倉本の「ものの見方」は、どちらかというと「短期的・表層的・一面的」で、結果を求める傾向が強い。今すぐに結果を出したい、結果がほしいと思うあまり感情的になってしまうのだろう。しかし、課のリーダーには、「中長期的・本質的・多面的」な見方も必要である。

今回のケースでいうと、期待されて増員となった内田に対しては、営業が初めてということを考慮すると、しばらくは「中長期的・本質的・多面的」に見てあげたほうが、確実に仕事を覚え、モチベーションも上がるだろう。

新体制発足の翌日から、課員は身を粉にして駆け回っていたが、倉本にはねぎらいの言葉はなかったと思われる。売上増加、販路拡大という結果を急ぎ、「短期的・表面的・1面的」にとらえていれば、ねぎらうという気持ちはわかないだろう。

見方を変えると、「毎日遅くまでご苦労さん。これだけの数を回っていれば結果は出るはずだ。出ない場合はやり方の問題点が明確になる。だから、あきらめないでがんばってくれ!」と、部下を勇気づける。がんばっていることを認め、それを無駄にはさせないと考えてくれる上司。それがわかると、部下は、自然に信頼感を芽生えさせる。

ところで、倉本と顔を合わせたくないがための直行直帰を見過ごすことはできない。気がついた時点で本人に直接声をかけて話を聞く。自分たちの行動を無視せずにまじめに反応する上司に、部下は信頼を寄せる。誤発注の石野には、「危なかったが、すぐ気がついてよかった」と対応の早さを認めたうえで、誤発注の原因を必ず一緒に究明し、ミスを繰り返させないようにする。

このように、倉本のものの見方に変化が起きると行動が変わり、部下の行動にも変化が起きる。

  1. 部下育成には、中長期的・本質的・多面的な見方が必要である。
  2. 上司のものの見方に変化が起きると行動が変わり、部下の行動にも変化が起きる。

4. 部下に対する”顧客満足”

部下は「内部顧客」

倉本の部下に対する接し方を見ていると、「部下の仕事を助ける」「部下に協力する」という姿勢が感じられない。

CS(顧客満足)経営では、顧客を「外部顧客」と「内部顧客」に分けてサービスを考えているが、倉本には、部下を「内部顧客」と見て積極的に支援・協力をしてほしい。

特売セールを終えたとき、達成感がなかったという内田。課のだれからの応援もなく孤軍奮闘し「しんどさ」だけが残った、と野沢に言っている。これは、内田を「内部顧客」とみて内田にサービスをした人が、2課にはだれもいなかったことを表している。かろうじて、気の毒に思って声をかけた野沢は、無意識でも内田を内部顧客に見てサービスをしたといえるかもしれない。

誤発注をした石野へのCSはどうか。たった1回のケアレスミスであれば何もしなくてよいが、誤発注が何度も繰り返されているとすれば、本人の注意力だけではカバーしきれないシステムの問題と考えられる。すぐに部下と一緒に原因究明をして発注システムの見直しをする。これが部下を働きやすくするための部下へのサービスである。

こうした部下へのサービスは、外部顧客へのサービスに直結していることがわかる。

部下に気合をかけ、恐れさせることもリーダーシップと言えるが、部下に働きやすい環境を提供する。このほうが確実に数字につながるということをリーダーには忘れないでほしい。

上司が部下を内部顧客と見てサービスをする。これは決して部下のわがままを許したり、部下の言いなりになることではない。

よく話を聞き、苦しさを理解し、相談にのる。上司の能力や裁量が必要であれば手助けをする。最初からすべてを引き上げ、上司が変わりに仕事をするのではなく、部下が工夫や打開策を編み出し、外部顧客の満足を得て、売上を増す。これが、上司による部下へのサービスである。

5. 疲弊した職場を生き返らせる

売上が低迷しているとき、必ずといってよいほど、部下の「やる気」「人間関係」「コミュニケーション」が問題になる。しかし、時間とお金をかけて「やる気研修」や「コミュニケーション研修」を実施してもさほど効果は期待できない。逆効果である場合も多い。

では、どうすればよいか。研修をするなら、必ずカリキュラムにの考え方を取り入れる。これがポイントである。職場の全員にお互いが<内部顧客>であることを理解させる。そこに気がつくだけで、バラバラになった職場は変化を起こす。

もちろん、研修の次の日から上司は部下へのサービスを率先垂範する。上司から駆け引きや媚のない「サービス」を受けることで、部下のサービス感が変わり、自分も実践したくなる。

こうして、疲弊した職場は生き返る。

(出典:近藤成子「ケーススタディ No.1004 疲弊する職場」『Career Management』2007年6月号、キャリアクリエイツ、2007年)

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