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Career Management 2006年6月号『ケーススタディ No.982 総合職への職種転換』

ケース

吉田(女27)は、一流大学を卒業後、クレジット業界では中堅のA社に一般職として就職した。本社総務部に配属され、これまで異動の経験もなく5年が過ぎた。

A社では昨年、一般職の女性社員を対象にした「職種転換制度」を導入した。吉田の入社当時、A社は一般職しか募集していなかった。女性総合職を採用するようになったのは、ここ数年のことだ。吉田は人事部の「女性社員に長く働いてもらうため、活躍の場を積極的に設ける」との説明や上司の勧めもあって、思い切ってチャレンジした。そして、めでたく試験に合格し、総合職への転換を果たしたのである。

女性営業職への不安と期待

吉田は営業職としてK支社営業2課に配属された。K支社は毎年上位の成績を上げており、職場にも活気があった。上司は、営業1筋の大ベテラン田坂課長(男40)である。田坂は総合職の女性を部下にもつのは初めてだった。社内ではすでに何人もの女性営業職が活躍しているのは知っているが、吉田がどこまで戦力になるのか、不安を禁じえなかった。

営業2課は、田坂課長の下に男性5名(全員営業職)、女性2名の陣容である。もう1人の女性社員は、入社時からこのK支社で営業事務を担当している一般職の平林(女25)である。

期首の目標面談で、吉田には年の近い島山(男29)とペアを組ませ、とりあえず営業のフォローをしながら仕事を覚えてもらうことにした。島山はこの課に来て初めての後輩が女性ということで、戸惑いを隠さなかった。田坂課長は自分もフォローするからと伝え、励ました。

平林は、吉田と同期入社だった。

「初めての営業職ということで緊張するだろうが、あせらず、徐々に仕事に慣れてほしい。わからないことは平林さんに聞けば、たいがいのことはわかるよ」

田坂の言葉どおり、平林は戸惑う吉田をよく助けた。

ときどきは田坂も吉田を同行させた。田坂は吉田に自信を持ってもらおうと、客先で吉田のことを「一般職から総合職に転換した“がんばり屋“で、営業は初めてですが、優秀です」と紹介して回った。吉田は素直にそれを喜んでいたようだ。吉田の明るくはきはきとした態度はお客様に好感をもたれたようだった。

3ヶ月もすると、吉田は1人で客先回りをするようになった。田坂は忙しそうにしている吉田に声をかけた。

「吉田さん、がんばってるね」

「はい。担当エリアのお客様には、顔を売っておかなければいけないと思いまして。それに見込みのありそうなところには飛び込みでごあいさつしています」

「えっ、そりゃたいしたもんだ。だが、あんまり張り切りすぎると続かないよ。それに勝手に動かず、ちゃんと島山くんに相談しながらやるように」

「はい」

吉田が張り切る一方で、島山は、「女の子は甘いですよ。ちょっと客先でいい顔されたくらいでもういっぱしの営業みたいな気になっている」とか、「なぜこんな作業が必要なのか、どうしてこうしなければならないのかと、やたらと細かく聞いてくるので、閉口する」と、少々吉田を持て余し気味である。

吉田は会議でも積極的に発言した。「考えが浅い」「市場を読んでない」「勉強不足」などとメンバーから反論されることも少なくない。田坂は「もう少し掘り下げてごらん」とアドバイスしたり、参考になりそうな資料を渡したりしたが、その後、改めて吉田から意見を出してくることはほとんどなかった。

また、営業2課ではよく仕事帰りに飲みに行き、それがいい情報交換と意思疎通の場になっている。だた、帰りが遅くなるため、女性の吉田を毎回誘うわけにもいかず、平林も一緒に行けるときなどに限られるようになった。

あるとき、島山が担当する呉服店で「春の新作発表会」がおこなわれた。高額な着物・装身具の購入にはクレジットカードを利用する人が多い。島山は自社のクレジットカードを使ってもらうため、発表会には必ず出向いていた。こうしたイベントでは比較的容易に新規のお客様を獲得できるので、島山は吉田でも大丈夫と見て、1人で行かせることにした。

ところが、期待した数字は上がらなかった。田坂は男性社員だったら「何やってたんだ、子どもの使いじゃあるまいし」くらいのことは言うところだったが、ひどく気落ちしている様子の吉田には強いことは言えなかった。これだから女性は面倒だ、と思った。

私は期待されていない

その後、吉田の外回りの勢いは鈍った。話を聞いてみると、成果を見据えた効率的な回り方を模索している、と言う。たしかにこれまでは勢いだけでがんばっていたようなところもあったので、田坂は、島山と相談しながら自分のやり方を見つけるよう励ました。

半年が過ぎた頃、田坂課長は突然人事部から呼び出しを受け、「吉田が仕事で悩んでいる」との報告を受けた。一般職から総合職に転換した女性社員には、定期的に人事部のヒアリングが入る。そこで吉田が「職場で受け入れられていないような気がする。自分なりにがんばってはいるが、周囲は自分に期待していないのだと思う。営業職としてやっていく自信がない」と訴えたというのだ。

田坂は困惑した。吉田はいったいどういう指導なら満足するというのだろうか。

解説

1. 問題は何か

「職種転換制度」を導入した場合、今回のケースのように転換者が「周囲は自分を受け入れてくれない。自分に期待していない」「営業職として自信がない」と人事に訴え。上司の困惑や職場の混乱を招くということは決してめずらしいことではない。こうした混乱は、「女性の総合職」「女性の営業社員」に対する役割イメージや期待感の違いから来る。違いがあるにもかかわらず、すりあわせをせず制度がスタートしてしまうために起きる。これを、右の図に整理する。

a.のゾーンは、「自分が必要と思って実践していること」で、しかもそれは「相手も期待していること」である。

田坂は、吉田を営業に慣れさせるために早い時期から営業に同行させ顧客との関係づくりをした。また営業の仕事を覚えさせるため島山とペアを組ませ、日常的な諸々については吉田と同期の一般職の平林に一任した。

このような田坂の行動は、右も左もわからない吉田によって上司に期待していた役割であり、実践してほしい行動だった。だから吉田は満足した。この最初の段階で問題は起きていないが、その後は徐々に一致を見ないことが多くなり、b.とc.のゾーンで田坂と吉田は苦しむ。

b.は「自分が必要と思って実践している」が「相手は望まない・期待していない」ゾーン。c.は「自分が不必要と思って実践していない」ことだが、「相手は望んでいる・期待している」ゾーン。

  • 吉田は、顧客に顔を売りたいと思って1人で客先周りをする。しかし、田坂は勝手に動かないで島山に同行してほしいと思っている(b.)。
  • 次々に島山に質問を浴びせる吉田。しかし、島山はそんな細かなことまでは必要ないし聞いてほしくないと考えている(c.)。
  • 吉田は会議で積極的に発言をするが、メンバーからはさまざまな反論をされてしまう(c.)。田坂は、吉田に反論にめげず再度意見を言ってほしいと思い、建て直しのための参考資料を渡すが、その後吉田は意見を言わなくなる(c.)。

ここで問題なのは、b.とc.のゾーンにあることではない。このゾーンになっていることに気がつかないことなのである。そして、気がついてもこれをa.に向けて話し合い、修正しようとしないことが第2の問題である。田坂は、営業2課の島山、他のメンバー、そして吉田本人にまずお互いの不満や不安の原因がb.とc.の状態にあることに気づかせ、a.への修正に向けて動き出さなければならない。

2. どう解決していくか

(1) 自信とやる気を引き出す一言

まず、これまで一般職として培ってきた知識やスキルを使ってできる仕事を探し、任せ、言葉で明確に評価する。

吉田は営業先で明るくハキハキした態度をとって顧客に好感を持たれている。これは営業の基本能力である。同行して気づいたら、帰りがけに「今のあいさつ、とてもいいね。お客さんが一度で覚えてくれたよ」と話す。この一言が自信になる。

会議で吉田の発言について、まず積極性を評価する。「物おじせず素直に疑問や意見をぶつけていることはとってもいい。メンバーの刺激になっている。もらった反論は今後の勉強の材料にすればいい」。これで吉田は安心してやる気をだす。

吉田がイベントで失敗したとき「何やってたんだ。子どもじゃあるまいし」と言いたかったとあるが、「喝」を入れるつもりでこれを言ってしまったら大変だ。そういう言い方に慣れていない女性総合職(最近は若手男性社員もそうであるようだが)にとっては、発奮するどころか自信喪失の引き金となる。吉田にとって総合職に選抜されたことは名誉なのだ。自信がないときにこの言葉はプライドを傷つける。

では、どんな言葉をかけるか。

「初めてなのにひとりで行ってもらってご苦労さん」「どんなお客さんと話をしたの?そのときの反応はどんな感じだった?」「吉田さんが実践したアプローチの方法教えてよ」「次の回はどんなことをしたいか、アイデアはある?」

これらの会話は、「ねぎらい・状況把握・問題抽出・解決策のヒント」を意図している。気落ちしている吉田。失敗したことは認識しているので、一緒にこれからどうしたらよいかを考えればよい。

部下の失敗を受け止め論理的に解明して、次に何をしたらよいか手がかりをつかませることが、腐らずにやる気を促すコツだ。

(2) 吉田のリーダーシップを引き出す

意外かもしれないが、総合職転換を希望する一般職には、すでに「リーダーシップ」を備えている人が多い。これをいかに引き出すかが、上司に求められている。

たとえば、2課は営業成績が良いかもしれないが、データ管理の甘さ、要回答の遅滞、書類の整理整頓の悪さなどで一般職の平林に負担をかけていることがあるだろう。吉田は、平林が「ここはこうしてほしい」という意見・要望が言えるように一緒に問題提起をして是正を図る。吉田がこうした形でリーダーシップを発揮することは、課のためになるばかりでなく、平林との関係を良好にする。この仕事を通して2課の仕事全般を自然に覚えることもできる。

このように吉田のリーダーシップを引き出すことも、田坂のリーダーシップである。

  1. 自分の行動と相手の期待のズレに気づき、そのズレの修正に向けて動く。
  2. 一般職として培ってきた知識やスキルを使ってできる仕事を探し、任せ、言葉で明確に評価する。
  3. 部下に潜在しているリーダーシップを引き出すことも、上司のリーダーシップである。

3. 新しい仕事に挑戦させるために

(1) 費用の具体化・役割の明確化

期待感や行動の必要性は、その人の仕事の目標や役割によって決まってくる。田坂は吉田の仕事の目標をできるだけ明確にし、具体的に示さなければならない。単に「仕事を覚える」や「営業の専門性を高める」といったスローガン的な目標ではなく、「2ヶ月以内にひと通り営業の仕事の流れとお金の流れを理解する」「下半期は新規顧客10件獲得」「年間通して既存顧客の業績10%アップ」「担当外でもイベントにはすべて参加し補助する」「8月までに○○試験に合格する」など、吉田が理解しやすく、しかも納得して行動できるような形で提示する。

そうすれば、吉田は島山にやみくもに質問をしなくなるだろう。会議でも的を得た質問や意見が期待できる。田坂や島山が、吉田の目標に基づいた具体的な「期待感」を示せば、吉田は落ち着いて何をすべきかを考え、ふさわしい行動をとることができるのである。

(2) 3つの面でのコミュニケーション

具体的に目標を決める際、あるいは期待と構造のズレを修正するプロセスには、量・質ともに優れたコミュニケーション力が必要になる。

コミュニケーションの語源は、コミニカティオ。本来の意味は「分け合う・分かち合う」と聞く。図にあるように、コムニカティオは内容のやりとりだけではなく、感情や気持ち、価値観を分かち合うことにその機能と価値がある。

田坂は「吉田はいったいどういう指導なら満足するというのだろうか」と疑問をぶつけているが、総合職となった吉田を大きく育てるためには、吉田のつらさ、不安、楽しさなど諸々の感情についても知る必要がある。人事に直訴した内容は、吉田の不安な気持ちの問題が多くを占めている。これを人事からではなく直属の上司として聴きたい。「女性は感情的だから」と腰を引かず感情を丸ごと理解しようとする姿勢がほしい。

感情を理解する手がかりは、吉田の価値観にもある。吉田は新しい価値観が芽生えたから総合職にチャレンジしたのである。ところが、この半年の吉田は、「総合職は優秀であらねばならぬ」「失敗はいけないことだ」という不安や焦りにとらわれ、積極性を失い、チャレンジもしなくなった。田坂は吉田とのコムニカテイォにより、当初の前向きな価値観を思い出させ、その価値観に寄り添ってみる。そうすれば、おのずと吉田に必要な能力開発項目と指導法が見つかるだろう。

吉田は田坂に、このようなきめ細かなかかわりを期待している。

(出典:近藤成子「ケーススタディ No.982 総合職への職種転換」『Career Management』2006年6月号、キャリアクリエイツ、2006年)

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