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Career Management 2006年2月号『ケーススタディ No.973 心もとない後任担当者』

ケース

エースが抜ける!

中堅の機会メーカーM社では、3年前に発表した介護機器シリーズが好評で、業績は急速に伸びはじめた。かねてから販売網を拡大する計画があったが、半年後に仙台支店と札幌支店を開設することが決定した。支店開設の統括者である管理本部長は、さっそく解説準備のプロジェクトチームを立ち上げ、初めての試みであるが、社内活性化を図るために8名の枠のうち3名を社内公募にした。

名古屋支店の営業2課長、吉川(男39)のところに、課のエースである石田係長(男31)が「支店開設のプロジェクトに応募したい」と言ってきた。石田は、係長になった年に当課に来て丸3年が経つ。とくに新規の顧客拡大にめざましい活躍を見せ業績を上げている。顧客からの信頼も厚くリピート率も高い。石田の活躍は本部長だけでなく人事部長も招致しているので、応募すればメンバーに選ばれることは必須である。

石田の下には、昨年の定期異動で福岡から来た根本主任(男28)と入社3年目の松澤(男25)がおり、営業サポートは、地元採用のベテラン香山(女30)と派遣社員2名である。全員よくやってくれているとは思うが、当課のエースである石田が抜けることを考えると、吉川は頭が痛い。もちろん、引き止めたが、石田の意思は固く、また社内公募は会社の方針でもあり、吉川は石田の意思を尊重せざるを得なかった。

新体制スタート

結局、石田はプロジェクトメンバーとなり営業2課を去った。後任の配属はなかった。つまり係長職が減員となったのだ。それなのに目標数字はこれまでどおり。人事に掛け合ったが、主任の根本が来年は係長になるだろうし、会社は人員のスリム化を図る方針だから、管理職+2名という体制は決してイレギュラーではない、と押し切られたのである。

吉川は新たな体制を組んだ。石田が担当していた大口顧客の7割を根本に担当させ、3割は吉川が担当する。残りの小さな顧客は、そのほとんどを松澤に担当させた。キャンペーンのときなどに力を入れれば済む顧客ばかりなのでそんなに負担はないはずだ。それに加え、松澤には根本の顧客の中で数字が伸び悩んでいる3社を担当させた。この3社は担当者がよく変わるのでじっくり営業がでいないと根本が悩んでいたところだ。3人の中では比較的時間の取れそうな松澤に、足繁く通って粘り強く攻める営業をさせれば宝の山になるかもしれない。

石田が同行して引継ぎをする時間はほとんどなかったので、松澤の顧客には根本が付き添い、根本の顧客には吉川が同行することにして、ようやく1カ月かかって挨拶が済んだ。

予想以上の打撃

新体制後、3ヵ月が過ぎた。ナンバー2の根本は張り切っている。ただ、石田が開拓した顧客先にはまめにいっているようだが、数字の積み増しの気配はまったく感じられない。そのうえ「自分には土地勘がないので、新規はなかなかむずかしいのです」と平気でいう。

松澤は、ときどき石田から引き継いだ顧客からクレームがくる。香山によると、自社商品のことなのに「よくわからない」と言ってしまう、「すぐに来てほしい」といわれても「今日は時間がない」と断る、「約束した時間を過ぎたが、来ない」という問い合わせの電話も受けたことがあるという。石田のようにきちんと対応していないようでハラハラする、と香山は心配していた。

吉川は、松澤が新商品に関して技術部に問い合わせをしているのを聞いて、もっと勉強するように注意したことがあった。すると、「急に石田さんレベルを求められても・・・。私は今まで石田さんにフォローしてもらって何とかやってこられたようなものですから」と言い出した。

その言葉を聞いた吉川は、皆が「石田あっての営業2課」を引きずっているような気がして腹が立った。

そんなある日、吉川は、根本から「Y病院の契約は取れなかった」との報告を受けた。Y病院は昨年ホスピス病棟を新設した際、石田の懸命な売込みが功を奏して新規契約にこぎつけた大事な顧客である。石田は根本に引き継ぐとき、他の製品もお願いする予定で、すでに数種の見積もりを提出してあるから絶対に目を離さないようにと何度も念を押していた。

Y病院は今後大きな取引が期待できるところだ。「先方の希望にはそえなかったようです」という根本の説明に納得がいかず、吉川は自分で話を聞きに行くことにした。

「石田さんとは、クリーニング関連の機械についてもお願いできればというお話をさせていただきましたが、根本さんのお話では、当院の求めるものとは少し違うようで・・・」

担当者の言い方に、根本への不満めいたものを感じた吉川がよくよく話を聞いていくと、根本は依頼や質問の回答が遅いうえ、当初値引きをすると言いながら、結局なかったことにしてほしいと言い出したり、アポを取らず突然来ることがあったり、どうやら営業マンとして信頼しかねるというのが正直なところのようなのである。

たしかに根本にはそういうところがあり、何度か注意をしたことがあった。吉川は、根本への今後の指導を考えながら、つくづく石田の優秀さが惜しまれるのであった。

解説

吉川が渋々ながら石田の異動をOKしたのは、石田の指導のもと、根本と松澤は順調に育っているだろうと思っていたからだ。しかし、顧客からのクレームが相次ぎ、しかもその内容はどれも営業の基本的なことである。営業センス抜群の石田が2人の手本になっていたはずだし、うまく指導しているものと思っていたのに「こんなこともできていなかったのか」と吉田は大きなショックを感じた。

1. なぜこういうことが起きたのか

石田は優れた営業マンであり係長職である。しかし今の根本・松澤を見る限り、石田に指導力・育成力が十分にあったとはいえない。吉川はそこを見誤り、石田に指導を任せきりにした。ここにマネジメントの問題がある。

吉川はハロー効果(後光効果)でいう「ハローエラー」を犯したのだ。つまり、営業ができる人は指導・育成もできると思い込み、指導状況や指導結果に関してはノーチェックになったのである。

では、なぜ石田が2課にいるときは大きな問題が生じなかったのか。それは、石田が2人が起こした問題を逐一カバーしてきたからである。未然に防いだケースも多々あっただろう。

吉川が「もっと勉強するように」と注意したとき「私は今まで石田さんにフォローしてもらって何とかやってこられたようなものですから」と涼しい顔で弁明した松澤。松澤にとって石田は困ったら相談すれば解決してくれる人、カバーしてくれる人となっていた。

また、香山が心配する松澤の言動や、かつて吉川が根本に「何度か注意した」行動、つまりY病院の信頼を損なった根本の行動は、「CS(顧客満足)・サービスの本質・ビジネスマナー」の根幹にかかわる問題である。

ところが、なぜかこの一番押さえなければならない営業の基本行動について、石田は教えていなかった。

2. 石田が2課を出たかった本当の理由

石田がプロジェクトに応募したいと言った本当の理由は何か。新支社で実力を発揮したいと思っていたのは間違いない。

しかし、上司である吉川に対し「土地勘がないから新規は取れない」と平気でいう根本や「急に石田さんレベルを求められても・・・」という松澤。いくら教えても努力もせずに批判力だけは一人前。先輩を「使う」ことには長けているこの2人を指導することに限界を感じ、「根本や松澤の面倒をこれ以上見るのは勘弁してほしい」と言う代わりに「この課を出たい」と言った、とう可能性もある。

最近「部下や後輩にマナーを注意したくても逆ギレするのでつい言いそびれる。指導上のストレスに悩む」という管理職や先輩の声を聞く。真面目に指摘しても、「そういう先輩はできているですか?」など「ツッコミ」を入れられるので言わなくなってしまう、つまりマナーを指導しない職場が増えている。

問題は、その状況に管理職が気づいていないこと、あるいは気がついても火の粉が自分に飛んで来ないように無関心を装う管理職が増えていることだ。

もし石田がこのような状況に四苦八苦していて、石田の高度な営業ノウハウを後輩たちに十分に伝えることができなかったとしたら悔やまれる。石田の指導力不足をサポートせずに任せきりにしていた吉川には、大きな責任がある。

3. 吉川課長のすべきこと

今後は吉川がOJT教育によって根本と松澤を鍛えていかなければならない。人任せではなく2人とも吉川自身が行ってほしい。

石田は、新規顧客の開拓、高いリピート契約率、適切な提案による取引拡大によって業績をあげていた。2人にもここを目標にしたい。そこで、まず吉川がすべきこと。それは、今クレームとなっている問題を教材にして「CS・サービスの本質・ビジネスマナー」の基本行動を再教育することである。

ポイントは、CSもサービスもマナーも、その善し悪しが業績にはね返る、直結するということである。顧客に意識を向けさせ、自分が顧客のために何ができるのか、それを常に考えた行動をとらせて信頼を回復していく。吉川のサポートがなければまた顧客から見放されるので、注意する。

図は、社員の実績と顧客満足の関係である。図のa.は、顧客が期待していることを社員も必要と思って実践している。たとえば、顧客からこの案件についてすぐに調べてほしいと言われたとき、社員がその必要性を理解し迅速に調査・回答する。すると、顧客も満足であるし社員も仕事に充実感をもつ。つまりa.は<双方が満足>の領域である。

クレームが付くときというのは、図のb.、またはc.の状況である。顧客が期待していることを、不必要だとおもって実践していない。あるいは、顧客が期待していないことを社員が必要と思って無駄な行動をして遅くなる。このようなズレが原因でクレームとなる場合が多い。

顧客満足における評価者は顧客である。どんな顧客とも<双方満足>の状態で仕事ができるようにするため、吉川には、この表を使って指導をしてほしい。

この指導は、吉川と根本・松澤とのコミュニケーションの活性化にも有効である。

  1. 優秀な部下が後輩指導に限界を感じ、その高度な営業ノウハウが伝達されないような状況にあるとき、管理者が自らOJTを行う必要がある。
  2. 顧客が期待していることを社員も必要と思って実践している<双方満足>の状態を実現できるよう指導する

(出典:近藤成子「ケーススタディ No.973 心もとない後任担当者」『Career Management』2006年2月号、キャリアクリエイツ、2006年)

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