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Career Management 2005年5月号『ケーススタディ No.956 ベテラン女性社員の悩み』

ケース

生命保険会社A社の地方支店で営業事務をしている金子(女30)は短大卒で入社し、10年間一般職として事務をしてきた。現在独身である。人あたりがよく真面目。誠実に仕事をこなすのでお客様からも信頼を得ている。男女を問わず、先輩に可愛がられ、後輩にも慕われるというタイプで、職場ではまさに潤滑油としての役割を果たしている。

課長の坂本課長(男40)にとっては助かる存在であり欠かせない人材であるが、その金子が、2泊3日の「30歳・キャリア形成支援セミナー」に参加したことから、坂本課長の悩みが始まった。

「自慢できるキャリアがない」

昨年から始まっていたこのセミナーは、人事が力を入れているだけあって、上司にも事前課題(シート記入・面接)があった。昨年はうちの課に該当者がいなかったので坂本課長にとってははじめてのケースだったが、日頃の金子の働きぶりからして、「上司からの評価・コメントシート」を記入するのは簡単だった。悩むことなく高い評価を記入した。しかし、面接の段階で金子の意外な言葉に驚かされた。

「ここ数年、常にストレスがかかっていて疲れが残る。仕事に意欲が湧かない。辞めたいと思うことがあるが、経済的な理由でそれはできない。今回、事前学習<これまでのキャリアシート>で、入社以来10年間の棚卸しをした。書きながら、私には他人に自慢できるキャリアや能力が何もないとわかって、がっかりした。いまさら何ができるのかと考えてしまう。」

「課長の高い評価はありがたいが、当たり前のことをしているだけで、特別な能力を発揮しているわけではない。今の後輩や派遣社員は優秀で、リーダーとして私が教えることはほとんどない。転職といってもどんな職種がよいのかすら思いつかない。こんな状態でセミナーに参加したくない。それにこのセミナーは『肩たたきのセミナー』と噂されているので、終了したら辞めさせられるのではないかと不安だ・・・」。

坂本課長は金子の発言には驚いたが、時間もなかったので、セミナーは決して肩たたきを目的としているものではないことだけは納得させ、送り出した。

坂本課長の戸惑い

事前の面接が中途半端に終わっていたので心配していたが、セミナーかた戻った金子は意外に明るく、自分からセミナーの報告をしたいとの申し出があった。その内容は以下のようなものだった。セミナーの講師から「過去のキャリアを気にするより、これから何をしたいか、何ができるか、どんな力をつけたいか、どんな人生を歩みたいか、という将来設計が大事だ」と言われた。また「そのプランは、職場の上司の理解と支援がポイントになる」と教わった。ついては、セミナーで配られた「上司に支援・協力していただくためのシート」を記入したので、課長に見ていただきたい、と言う。

シートには、これからの金子のキャリア形成支援として坂本課長にサポートしてほしいという事柄が3つ書かれていた。

  1. 来年度の「業務職転換試験」へのチャレンジ
  2. それに伴う異動希望
  3. パソコン検定試験に向けての支援。

それを見た坂本課長は、(えーっ?あのセミナーってこんなことを書かせるようになっていたの?オレがこれから金子のキャリア支援を手伝うっていうけど忙しいんだよ、オレ)と腰が引けた。

坂本課長は、金子の真意も、セミナーの意図もわからず戸惑った。

金子は勘違いをしている

坂本課長は、金子は勘違いをしてると思う。業務職転換を希望するのはよいが、業務職に何を要求されているのかわかっていない。坂本課長がそれなりの評価をしているのは一般職だからだ。一般職として有能でも業務職としては未知数だ。これから相当に勉強をしてもらわなければ業務職には推薦できない。このままでは試験にも受からないだろう。

そこで今月の始め、金子に再度面接をして、業務職に求められる仕事や役割について話、今後どんな勉強をすればよいか、どんな能力開発をすればよいかを理解させた。厳しいことを話せば業務職転換を取り下げるかもしれないと思ったからだ。

ところが、金子はすでに業務職の先輩に相談に行ったらしく妙な自信があった。彼女らは、坂本課長にしてみれば一般職の仕事をしているにもかかわらず業務職に収まっているベテラン女性たちだ。能力的には金子以下の人もいる。そんな人たちに「あなたは私たちと同じように仕事をして来たのだから業務職の資格はあるのよ」と励まされたらしい。どう考えても相談に行った相手を間違えたとした思えない。

仕方がないので、レポート作成を指示し実力の差を見ることにした。「うちの課の一般職の仕事全般について、改善すべき点を挙げ、どうすればうまくいくかをレポート3枚以内に書いてほしい。期間は1週間」。

すでに10日経っていた。途中声をかけたら、申し訳なさそうに「仕事が忙しいので手が回らない」と言う。分からないことがあれば聞くように言うと、「大丈夫です」と小さな声で答える。

坂本課長は、金子のやる気はどうせその程度のものなのだ、このまま様子を見よう、と思った。

※業務職は、「転居をともなう転勤」のない総合職を意味する。A社では、女性社員の戦力強化および活用化をねらい、一般職採用の女性社員の業務職または総合職への転換を進めており、「30歳・キャリア形成支援セミナー」はその一環である。

解説

本ケースにおける、坂本課長の指導の問題点を3つ挙げ、今後どのような対応(指導・協力・支援)をしていったらよいかを考えていく。

1. 問題は何か

(1) キャリア形成支援に対する誤解

坂本課長は、会社が打ち出している「社員に対するキャリア形成支援」に関して現段階では趣旨・方法を正しく理解していない。そのため、セミナーに参加させた金子に対し、キャリア形成を妨げるとも思える誤ったフォローをしようとしている。これは、会社の方針・ねらいとはまったく逆の行動である。

「社員に対するキャリア形成支援策」は、管理職にとって面倒な施策のように思えるが、正確に理解しうまく活用すれば部下指導・育成に大いに役立つものである。それを早く認識し積極的に取り入れてもらいたい。

(2) 人的コストの視点がない

ベテラン女性社員の金子に対する期待値が低すぎる。坂本課長は、与えた仕事をこなすことと潤滑油の働きだけで満足しているが、コストに見合った管理をしているとは言えない。金子に「10年間で自慢できるキャリアがない」と言わせてしまっていることは実にもったいない。

マンネリ感は、やる気の問題というよりも「目標に対して能力の方が優っている」ことから起きる。マンネリ感を持たせないようにするには、能力より少しだけ高い目標を設定し緊張感を与える。これが管理職の重要な仕事である。管理職がいつまでも「女の子」感覚で接していると、ベテランになっても「女の子」を卒業できない中途半端な女性社員を増やすこととなる。見逃しがちだが、人的コスト面で考えると重大な問題である。

(3) 互いを理解する場がない

坂本課長は金子の行動の意味が把握できていない。彼女の背景にある「考え方・価値観・気持ち・本音」をきちんと聴けていないから無理もない。また、坂本課長が金子に自分の行動や考え方・気持ちをきちんと伝える場をつくっていないので、上司としての考え方も伝わっていない。この状態が両者の関係を悪化させている。こじれを修正するためには、面倒でも正しい情報を得る努力をする一方で、相手に理解してもらう努力もしなければならない。時間のない管理職にとっては、大変面倒で根気が必要なことだが、これを避けてはいつまでも何も解決しない。

2. キャリア形成支援の視点での指導

キャリア形成を考えるとき、最近よく目にする図がある(図1)。これは、キャリア形成支援に取り組むときに、重要な意味を持つ。MUSTとは、社員としてやらねばならないこと。CANは、できること・実践力。WILLは、自分がやってみたいことである。

終身雇用の時代は、やらねばならないこと(MUST)を果たすために、できること(CAN)を増やした。つまり、組織のためにキャリア開発があった。個人としてやってみたいこと(WILL)は、「組織には嫌われるわがままの域」と見る傾向にあった。3つの輪を描いたとき、WILLの輪は小さかっただろうし、なかなか自分のやりたいことを正面切って表明する社員もいなかった。

終身雇用の時代が去った今、社員個々のキャリア開発について企業では面倒が見られなくなった。ではどうするか。ここに、会社が社員のキャリア形成支援に乗り出した背景がある。これからh、社員個々に自分のキャリア形成の責任を持ってもらう。その代わり企業は社員個々のWILLを認めてキャリア形成の支援をする。図2のように、「3つとも必要・輪の大きさもバランスも大切・重なり部分も大きくする」。ここに向かって両者が努力する時代になったのである。

A社も「キャリア形成支援策」を取り入れ、これまでおそらくなかったであろう一般職のセミナーを企画した。決して「肩たたきセミナー」ではない。セミナーをOJT教育と連動させようとしているのだ。社員のWILLを聴く一方で、人的コストに見合うようなMUSTとCANを明示し、育て・鍛え・潜在能力を引き出す。これが当面のキャリアアップ支援策となる。

3. 金子への指導・支援のポイント

セミナーをきっかけに金子のモチベーションは上がった。金子はセミナーの趣旨にしたがってWILLを主張しただけである。責められることではない。それなのに、坂本課長は従来の考え方から条件反射的にMUST・CANを前面に出し、業務職転換阻止に動いた。だから話は噛み合わなかったのである。

この状態を打破するために坂本課長は、金子のセミナー報告がWILLから来ていることを認識する必要がある。そのうえで、3つの輪を紙に書きながらお互いの主張がどの輪のことか確認しながら話し合いを進める。まずこの話し合いをスタートさせたい。

さて、金子への指導・支援をする際、坂本課長が忘れてはならないことは、金子の考え方や気持ちを聴く前に、坂本が金子をこれまでどのような目で見ていたかを話すことである。真面目で誠実・信頼を得ている、人あたりがよい。これがコンスタントにできるということは、人に対するスキルは完全に身についている。彼女の潤滑油としての働きの高い評価と苦労をねぎらうこと、職場を明るくしてくれて職場の人によい影響を与えてくれていることに心から感謝の意を言葉に出す。心から、ということが大事。金子に坂本課長の気持ちが通じれば、3つの輪の話にスムーズに入ることができ、それからの展開はこれまでとはまったく違ったものになると予想される。

ただし、すぐに結果を出そうと焦らないこと。一緒に3つの輪の中身を考えることで方向性が合えば、カネコへの具体的な行動支援も決まる。それを金子が納得する。これがキャリア形成支援プログラムにおける、第1段階としての坂本課長の仕事であり責任である。

金子の話を傾聴しようとしても相当な忍耐と我慢を強いられる。物別れの面接、諦めムードの話し合い、圧力や半ば脅しで決着をつけたいと考えてしまうこともあるだろう。それが普通だ。しかし、一見無駄に思えるエネルギーを使って関わり続けることに意味がある。NOや拒否から始まる人間関係もあるのだ。

4. ベテラン社員は辞めない!

この時代、ベテランの女性社員はよほどのことがない限り自分からは会社を辞めない。主な理由は、金子も言っているように経済的事情であるが、他で通用するほど専門性・実力・人脈がないことを自覚していて、他社に移ったら給与が下がり苦労することを見通している。口癖のように「そろそろ辞めようかと考えている」と言う人は多いが、ほとんどの人は辞めない。やめる気がないのだから「やめたらどうか」と匂わしても意味がない。嫌みを言う意地悪な上司として評判を落とすだけだ。

多くの管理職は、「ベテランの女性」だから指導に腰が引けるのかも知れない。反発や逆襲を恐れて厳しく接することがができないという気持ちはわかるが、きちんと仕事をしている人から見れば「怠慢な上司」と言われても仕方がないだろう。だから、会社がキャリア形成支援策を打ち出した以上、キャリア形成支援策を活用してほしい。

金子が相談した先輩社員たちのように、専門性に欠け、パーソナリティー・勤務態度・意欲などに問題があるという人には、まさにキャリア支援策が最適な手段になる。「備えている能力・発揮している能力」が期待値に達していなければ、目標を明確にしたうえで、教える・鍛える・指示をする必要がある。「今さら」と思わず、「今から」の取り組みでも効果は十分に上がる、と考えてほしい。「内容は厳しく、対応は明るく、ミスには優しく丁寧に」。上司がこれを実践すれば、遅ればせながら目が醒めて、「今から」でも成長に向かうベテラン女性はたくさんいる。

しかし、そのプロセスで自分の能力の限界を感じ方向転換(退社など)を決意するのであれば、それはそれでよい。人格攻撃せず、愛情をもって真摯に指導することができたのなら、管理職に後ろめたさは残らないだろう。女性社員も意図的に辞めさせられたとは決して思わないし、恨み辛みは言わない。

リーダーシップのポイント

  1. 企業の都合で「キャリア形成支援策」が必要になった以上、支援策を正しく認識し、指導・育成に取り入れ活用する。
  2. 部下と一緒に「MUST・CAN・WILL」の輪を大きくし、重なり部分も大きくする。
  3. ベテラン女性の活用化と再教育に支援策の活用は効果が高い。

(出典:近藤成子「ケーススタディ No.956 ベテラン女性社員の悩み」『Career Management』2005年5月号、キャリアクリエイツ、2005年)

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