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共済と保険2003年5月号『こじれた人間関係修復の秘訣~アサーティブな自己表現のすすめ』

はじめに

私たちは、何かのきっかけで苦手な人・嫌いな人となってしまった相手とは、最低限のコミュニケーションで事を済ませ、気がつくと、まともに挨拶も交わさない関係になっていたりします。周囲をハラハラさせながら噛み合わないコミュニケーションが続き、行き違いや誤解が多くなった結果、仕事に悪影響を及ぼし、さらには迷惑をかけることにもなります。

それでも互いのコミュニケーション不足は棚に上げて、つい「あの上司さえいなければ…」「部下が相談に来なかったから…」「押しつける先輩にはついていけない」「反抗する生意気な後輩だから…」など、こじれた原因は「相手にある」と考え、ますます人間関係をこじれさせていきます。職場を見渡せば、こうして、いつしか、こじれた人間関係に陥って抜け出せないケースが少なくありません。

これから紹介する「アサーショントレーニング」は、「こじれた人間関係」や「噛み合わないコミュニケーション」で悩む方に、修復のヒントとして役立てていただけると思います。ご自分のアサーティブな自己表現能力を高めることで、徐々に相手の行動に変化が起き、気が付くと、その相手との人間関係・コミュニケーションがうまく回り始める、というトレーニングです。

3つの自己表現スタイル

ふだん、私たちが行っているコミュニケーションには、3つのスタイルがあります。

アグレッシブ
相手を認めない攻撃的な自己表現
ノンアサーティブ
相手を優先させる非主張的な自己表現
アサーティブ
相手を尊重しながらの自己表現

1つ目は、攻撃的な自己表現(アグレッシブ)です。これは、自分本位で相手のことを配慮しない言い方や態度です。一方的で多分に攻撃性を含んでいます。支配する、尊大、攻撃する、痛めつける、押しつける、皮肉を言う、いじめる、反撃を許さない、無視する、など、全体的に自己中心的で他者否定的な表現スタイルです。

2つ目の「ノンアサーティブ(非主張的・受け身的)」は、言葉どおり「主張しない」という自己表現スタイルです。言いたいことがあっても、相手に分かるようには表現しないのです。なぜなら、揉めたり対立を嫌うからです。相手に嫌われることを心配して、はっきりと自己表現ができないのです。常に相手を優先して自分は後回しにしますので、受け身的で消極的な印象を与えます。ハッキリ意思表示をしないので、何を考えているかよく分からない人と思われてしまうこともしばしばです。たとえば、手一杯なのに仕事を頼まれるとあっさりと引き受けてしまう。意見があるのに黙って引き下がる。後輩に対しても遠慮して指摘や叱責が出来ない。自分は悪くないのになぜか責任を感じる。流れに任せる傾向が強くあきらめが早い。このように、ノンアサーティブは、他者を優先し自己否定的なスタイルですが、そうしながらも心の中ではイライラしたり相手を恨んだり、自己表現ができないことに対する不満や不安をもっているのが特徴です。

3つ目の「アサーティプ」は、相手のことを尊重しながら、自分のことも主張する自己表現スタイルです。アサート(assert)とは、直訳すると「主張する・断言する」ということですが、決して言い張ることではありません。常に相手のことを尊重しながら自己表現することを意味します。

アサーティブな自己表現とは
対決を恐れず、言いたいことは遠慮しないできちんと表現する(正直・率直・積極的・自己選択)。しかし、決して言い過ぎない。常に、相手への配慮を忘れない。

以上、3つの自己表現スタイルがありますが、仕事に限らず生活全般で私たちは3つとも使っていると思います。どんな相手にもどんな状況でも「アサーティブ表現」だけという方は、まずいらつしゃらないでしょう。部下には権力を振りかざすアグレッシブな課長も、上司である部長にはノンアサーティブかもしれませんし、家庭では実に民主的なアサーティプお父さんかもしれません。

アサーティブになれない理由

ここまでの内容で「アサーティブな自己表現」が大事だと思われた方は多いと思いますが、そうは言っても実践は難しい、とも感じられていることでしょう。確かにアサーティブな自己表現は、「言うは易く行うは難し」です。なぜ、実践が難しいのでしょうか。それには理由があります。

理由その1

たとえば、会議の席で、意見が言いたいけれど言わなかったとします。しばらくすると、発言したある人の提案通り、すんなりと決まってしまいました。意見の対立も感情の対立もなく波風も立ちません。あなたのノンアサーティブ行動は、揉めないというメリットに働いたのです。では、自分の意見を何としても通そうと考え、アグレッシブに言ったとします。意見は通り本人もきっぱりと言えたことでスッキリしますので、その点はメリットかもしれません。

さて、今度は相手に配慮してアサーティプに意見を言ったとします。それなのに、あなたの自己表現は攻撃的と見なされみんなの反感を買ったとします。残念ながら、勇気を出して自己表現したことがデメリットに働いてしまいました。このように、よかれと思ってアサーティブに表現してもデメリットに働くリスクがあったり、意外にもノンアサーティブやアグレッシブに少しでもメリットがあるとなると、なかなか従来の自己表現パターンを崩せないのです。

理由その2

ノンアサーティブとアグレッシブには、その人の「非合理的な思い込み.価値観・考え方」が潜んでいて、その非合理的思い込みが、アサーティブな自己表現を妨げています。しかしその思い込みを「合理的な考え方」に変えれば、アサーティブな自己表現が可能になる、と言った人がいます。アルパート・エリスという心理学者です。詳しくは『論理療法(川島書店)』に譲るとして、ここではポイントだけお知らせします。

考え方を転換するとアサーティブな表現ができてくる

たとえば、Xさんがミスをしてお客様に怒られたとします。Xさんは、がっくりして落ち込み考え込んでしまいました。同じ出来事がYさんに起こったとします。Yさんは、落ち込むどころかすぐさま行動を起こします。電話をかけ、お客様のところに飛んでいきました。同じような出来事なのに、明らかに二人の結果が違います。XさんとYさんの違いはどこにあるのでしょうか。エリスは、人は起こった出来事をどのように受け止めたかによって、悩みや結果、行動が変わるのだ、と言いました。ひとことで言うと「ものは考えよう」ということです。

図表1
出来事(A) 悩み・結果・行動(C')
ミスをしてお客様に怒られた がっくりして落ち込み考え込んでしまった
図表2
出来事(A) とらえ方・考え方(B') 悩み・結果・行動(C')
ミスをしてお客様に怒られた やっちゃった。もうダメだ。致命的だ。私にはどうすることもできない。 がっくりして落ち込み考え込んでしまった
図表3
出来事(A) とらえ方・考え方(B) 悩み・結果・行動(C)
ミスをしてお客様に怒られた ミスはある。でも挽回はできる。はやくお客様の所に行こう。それが最優先の仕事だ。 お客様にすぐTELをかけてお詫びをし、アポイントメントを取り、その足でお客様のところへ飛んで行きました。

普通、(A)が起こったから(C')になったと考えます(図表1)。しかし、エリスは「それは違う」と言ったのです。出来事(A)を、(B')でとらえたから、(C')という結果になった。つまり、(C')という結果は、(A)が引き起こしたのではなく、(B')という、Xさんのとらえ方・考え方・価値観でそうなったのだと(図表2)。その証拠に、Yさんは、この事態を図表3のようにとらえ、実に現実的に行動をしています。Xさんの考え方(B')と、Yさんの考え方(B)はまったく違います。

なぜアサーティブになれないのか、というと、XさんのB'のような「非合理的思い込み」が原因なのです。つまり、何か起こったときには、とらえ方や考え方を「合理的」にする必要があるのです。出来事を合理的にとらえることは、アサーティブな考え方になるということです。そうすると、Yさんのように、行動もアサーティブになるのです。

自己表現は、アイ・メッセージで

アサーションのトレーニング中、参加者の表情に大きな変化が見られることがあります。それは、事例を使った「アイ・メッセージ」のロールプレイ実習の場面で起きます。アイ・メッセージとは、「私は…」という言い方のことです。

貸した資料をなかなか返してくれない人に、「みんなが使う資料なので、そろそろ戻していただけませんか」と言う。確かにアサーティブな自己表現なのですが、これはユー・メッセージと呼ばれているもので、すぐに行動を起こしてもらえそうにありません。そこで、主語を「みんな」から「私」に変えるようにアドバイスすると、「私が使いたいので、是非返して欲しいのです」となります。相手は「それは大変、すぐに返しに行くわ」、と変化しました。

勉強をサボっている後輩に対して「プロは日々の研鑚を惜しまないものだ」(ユー・メッセージ)というより、「僕は君がもっと幅広く専門性を身につけて活躍してほしいと考えている」とアイ.メッセージに変える実習では、後輩役の参加者の表情が神妙になりました。ロールプレイといっても心に届いたそうです。

挨拶や返事をほとんどしないという先輩に、後輩役が「私は先輩に無視されているようで寂しい」、とストレートにアイ・メッセージを送りました。言われた先輩役の参加者は、自然に「ごめん、ごめん」と苦笑いをしています。感想を聞くと「挨拶や返事はビジネスマナーの基本ですよね」(ユー・メッセージ)と言われたときより、素直に申し訳ない気持ちになった、のだそうです。

このようにアイ・メッセージには、相手を変化させる要素が含まれています。日常生活でも充分に練習が出来ますので、いろいろな人に送って、「相手に受け入れてもらえた嬉しさ」や操作的ではなく「相手が素直に変化する」感覚を体験していただきたいと思います。

おわりに

仲が悪い凸さんと凹さん。何かと揉める二人を見て「あの二人は性格も正反対だし、考え方や価値観が違うから仕方がないんだ」と言う人がいます、しかし、性格や価値観が違うから揉めるのではありません。お互いの違いを充分に理解し、認め合うためのコミュニケーションが上手に取れていない。これが揉める原因なのです。

エリスの所で、「ものは考えよう」と言いましたが、アサーティブな自己表現をひとことで言えぱ「ものも言いよう」ということです。「こじれた人間関係」で悩んだら、あきらめずに、再度アサーティブなアイ.メッセージでコミュニケーションをとってみてください。あなたがアサーティブな自己表現で接すれば、相手に影響を与え、相手も徐々にアサーティブな考え方・行動に変化し、「こじれていた人間関係」がいつの間にか修復するのです。

アサーショントレーニング参考文献

  • 『アサーショントレーニング』 平木典子著 日本・精神技術研究所 発売元金子書房
  • 『論理療法』 A.エリス/R.A.ハーバー著 國分康孝/伊藤順康訳 川島書店
  • 『職場に居場所はありますか?』近藤成子著 生産性出版

参考:ゴジラに学ぼう!アサーティプな自己表現力

今や押しも押されもしない大リーガー、松井秀喜選手。日頃、研修現場で「職場のアサーショントレーニング」を担当している立場で見ると、松井選手は(アサーティブな自己表現〉の上級者レベルの持ち主です。毎日放映されるテレビの記者会見は「お手本」そのものです。

昨秋からの報道を見る限り、松井選手はFAの「権利」を振りかざすことなく、球団とのトラブルもなくFA宣言当日を迎えました。晴れて大リーガーになった記者会見でも、その後の連日の取材でも、日米の記者と揉めたり敵対している様子はまったく見られません。いつも穏やかな表情でていねいに対応しています。意地悪な質間や答えにくい話題が出たときは、率直に緊張や困惑を表します。ハッキリ否定したりノーコメントでかわすこともありますが、必ず聞き手の記者に配慮しています。質間を無視したり、攻撃に転じたり、つっけんどんになったり、という見苦しく不愉快な態度は一切ありません。

新聞報道によれば、松井選手は、日本のファンに自分の考えや様子を正しく伝えたい、ヤンキースのファンには自分のことを早く知って欲しい、という明確な目的意識があるそうです。そのために、様子を伝えてくれる記者との人間関係を良好にし、常によいコミュニケーションを取ろうとしているそうです。松井選手は「アサーショントレーニング」を知らないかもしれませんが、「自分も相手(記者たち)も尊重するアサーティブな自己表現力」は、すでに身につけている人です。

(出典:近藤成子「こじれた人間関係修復の秘訣〜アサーティブな自己表現のすすめ」『共済と保険』2003年5月号、日本共済協会、2003年)

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