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共済と保険 2011年10月号『うつの時代の社員教育(下)』

「荒れた職場」を「働きやすい職場」に戻すためには、どうしたらよいか。

このシリーズ最後は、3つの立て直し策のうち<教育システム>と<教育スキル>について紹介します。

前回は、立て直し策の1つ目として教育に携わる人の<教育観(人間観)>に関する提案をしました。教育に携わる人、とくに人事部門・教育部門の管理職や職場の管理職など権限があり影響力がある人は、人間信頼・性善説に立つ人に限定するというものでした。

補足すると、すっかり萎縮し疑心暗鬼に陥っている社員や部下にとって、まず必要なのは、会社での精神的「居場所」です。『私はこの職場にいてよいし、必要とされている』と全員が思う。その安心感が仕事への意欲のスタートになるからです。

人間信頼・性善説に立つ人は、物理的場所だけでなくこうした「心の居場所」に注目し、その確保を最優先します。したがって、そういう人に教育を任せる。これが立て直し策の1つ目でした。

<教育システム>

立て直し策2つ目は、教育システムです。

人間信頼・性善説に立った人事教育部門や管理職は、部下をどのように教育していくのか。その教育のやり方の提案をしてみます。キーワードは『教えることは学ぶこと』。

(1) 3つの手法が機能しない現状

昔も今も、社員教育は3つの手法が使われています。

  1. 集合教育:Off-JT(Off the Job Training) 職場を離れ日常業務外で行われる教育
  2. 職場内教育:OJT(On the Job Training) 職場内で上司や先輩が日常の仕事を通じて行う教育
  3. 自己啓発・自己学習:個人の意思による自己の能力開発

現在、多くの職場で階層別研修や目的別研修などの①集合教育:OFF-JTが、廃止あるいは縮小されています。費用が掛かるという理由で。もともと集合教育は実践力をつけることが目的ではないため、なくてもさほど影響がないと思われています。しかし体系的な研修を通して「今後の課題」に気づく、という大事な役割があります。

たとえば、新入社員導入研修で『ビジネス用の電話応対ができていないことがわかった』。リーダー研修で『部下のリーダーシップを育ててこなかった。もっと部下に任せて問題解決をさせなければならない』。管理職研修で『部下の話を聴くことができていない』など。

こうして今後の課題を明確にするからこそ、職場に戻り②職場内教育:OJTと③自己啓発・自己学習によって仕事に役立つ実践力がつくのです。

ところが、今、職場は誤った成果主義によって「教える・教わる」というシステムが崩れています。②職場内教育:OJTは消滅しているといってもよいでしょう。

「教える時間を取られたくない」「教えたら相手に力をつけることになり、自分の評価が下がる」「自分で覚えるのが基本。なんで私が面倒を見なければならないのか」。

どれももっともな理由ですが、こういう考えによって、これまで「教える・教わる」関係で自然に生まれていた社員問の信頼関係も失われてしまったのです。

したがって、もし集合教育を行って「今後の課題」が抽出できたとしても職場内教育OJTという受け皿がない、残念な状況にあると言わざるを得ません。

(2) 集合教育と職場内教育の連動と循環

では、どうしたらよいか。次頁図表1のように、1年間の教育計画を立て、できるだけたくさんの階層に集合教育を復活させます。そして集合教育と職場内教育を連携し「教える・教わる」循環を取り戻します。

たとえば「中堅社員」で解説すると次のようになります。

  1. 集合教育のための事前アンケート実施:教育ニーズを把握するために、中堅社員本人だけでなくリーダー職や管理職、必要であれば後輩たちにも「研修に参加する○○さんに中堅社員として向上してもらいたい能力」についてアンケートを書いてもらいます。
  2. アンケートを参考に研修の企画立案。事前学習配布:本人、管理職、他の同僚記入。中堅社員への期待役割や求められる能力を記入することで、全員の意識づけをはかります。
  3. 1回目の集合研修実施:ここで、「今後の課題」を本人が見つけます。
  4. 研修報告:本人が、職場の人へ研修報告をします。事前学習などで協力してもらったお礼や感謝、研修で気づいたこと、今後の能力開発課題を中心に話します(5分程度)。
  5. 新たな職場内教育:4. の課題をもとに指導や自己学習がより明確に具体的に行われます。
  6. フォローアップ研修のための準備:新たなアンケートや事前学習実施。1回目の集合研修以降の職場内教育での実施状況と成果の確認。
  7. フォローアップ研修実施:新たな課題抽出
  8. フォローアップ研修の報告 ……

この一連の流れは、中堅職員だけでなくそれ以外の階層でも同じように実施します。したがって、いつも互いの教育にかかわっている状態が普通になります。これが大事なのです。互いに何を勉強し何が課題かを知ったうえで互いの学びに協力する。あるときは教える役割、あるときは教わる役割、として。

こうすることは、学ぶことだけでなく互いの仕事についても関心が強くなります。仕事を通して学ぶ、教育する輪が職場に広がる。これが本来の職場内教育(OJT)です。

図表1 集合教育と職場内教育の連動と循環
教育ニーズの把握 集合教育Off-JT1回目 職場内教育OJT 集合教育Off-JTフォローアップ
1
  • 参加者本人と職場の人たちにアンケート実施
  • 教育・研修の企画立案をするときの基礎データとなる
管理職研修

どの研修も必ず事前学習を実施する

  • 本人
  • 職場の人たち
  • 管理職との話合い

研修報告をする(どのような課題を発見したか。これからどのように課題に取り組むか。どんな指導をしてほしいかなど)

  • 管理職
  • 職場の人たち

その課題を職場内で実施。教育の実践とアドバイス

指導担当者と新入社員はマンツーマン指導

  • 指導者が困ったときは中堅やリーダーがアドバイザーとなる。

職場の勉強会などでは、できる人が講師を担当する

  • 今回も事前学習実施(1回目を踏まえた内容)
  • 1回目のポイントを踏まえ、演習や実習を多くする。柔軟に動くことが出来るか、成果を見る。
2 リーダー研修
3 中堅社員研修
4 新人指導担当者研修
5 新入社員導入研修

(3) 「客観性」の高い教育システムが、職場を救う

この連携と循環の教育システムは、客観性の高い教育システムといえます。アンケートや事前学習、時々の指導状況、話し合いなど、常に記録がありそのデータが教育の中心に置かれるからです。

たとえば、マンツーマンによる新人教育。半年間、新人Aさんは指導担当者Bさんに一対一で指導を受けます。しかし、4カ月経過したときBさんが突然異動。その後の指導をどうするか。指導者は代わりますがBさんが教えたこと、それまでのデータがきちんと揃っていれば問題ありません。新人Aさんは、Bさんから引き継いだCさんにこれまでと変わらず指導を受けることができます。

これは、職場内教育(OJT教育)の根幹ともいえる「目標管理制度」にこそ言えることです。ある人から直接聞いた話ですが、同僚のMさんがなぜか新任の課長に睨まれてリストラ対象になりかけました。Mさんはゴマをするタイプではありません。落ち着いてこれまでの実績について、既定の用紙の他にサブ資料として自分のオリジナルのデータを使い説明しました。新任課長は、それを他の職員を呼んで確かめたというのですから何をかいわんやですが、なにはともあれMさんは自分のデータに救われた、というのです。

このように、誰もが納得する良質なデータと正しい記録は、一時の感情や不当な能力評価に惑わされることがないため、職場は落ち着き安定します。客観性の高い教育システムが、それを可能にします。

(4) 「費用も時間も人材もないのに、そんなことができるのか?」

この教育システムを「絵に描いた餅」、実際の役には立たないと思われる方もあるかもしれません。職場は荒れ放題、教育費も時間も人材もないのに、こんな教育システムを導入できるはずがない、と。

もちろんいきなり図表1は実現できないでしょう。しかし、「絵に描いた餅」が本当に食べたくなるようなものであったらどうでしょうか。

荒れた職場にいると生き生きした職場に憧れます。その憧れを実現する手段として、まず、自分たちの身の丈に合ったオリジナルの教育システムを創る。最初は、ひとつの集合研修から始めてもよい。思わず食べたくなるような魅力ある教育システムであれば、食わず嫌いの人も徐々にテーブルに集まることでしょう。

ここ2・3年、何社かの人事・教育担当者(人間信頼・性善説に立った教育観をもつ)と一緒に、その会社の実情に合わせ、特徴を生かした教育システムを作成し集合教育をスタートさせています。

エンジンのかかっていない車を人力で押すように、最初は無関心と抵抗と反発がありなかなか動かない日々を過ごしました。

しかし不思議なことに1年経過するころから、この教育システムを理解する人が職場で「教える・教わる」を実践していることがわかってきました。人間には本来「教育欲」があると明治大学教授の斉藤孝氏(『教育欲を取り戻せ』生活人新書)が話すように、職場では職場を何とかしようとする人が独自の教育論を展開して、抵抗感いっぱいの人と教育について話をしているようです。ここがポイントです。抵抗することも教育欲のひとつなのです。みんなの意識がここに集まれば、それだけでも教育システムは稼働し、すすんでいると言えます。

<教育スキル>

しかし、教育欲だけでは、費用・時間・人材の問題をクリアできません。

そこで、立て直し策3つ目は教育スキルです。ここでは2つ紹介します。「インストラクターのスキル」と「コミュニケーションスキル」です。

(1) インストラクターのスキル

「集合教育」は、外部講師に依頼すると相当な費用が掛かる。だから、図表1にある集合教育はすべて外部講師に頼めるわけがない。当然です。しかし、ここで発想を変えていただきたいのです。

費用のことだけでなく、果たして外部講師がそれほどよいのか、と言うと天に唾を吐くようですが、人によるのです。社内の人の方が専門性に加え社内の実情に明るいし愛社精神があります。外部講師よりも適任という場合だってあります。

そうならば、まず、できるだけ集合教育の講師を社内講師に切り替えたい。たとえば、新入社員の導入教育はリーダークラスや中堅社員の中から選ぶ。いきなりは難しいので、講師候補者に次頁図表2「インストラクター養成研修」を行い、スキルを獲得してもらいます。

図表2 インストラクタースキルとコミュニケーションスキルの研修
スキル研修 参加対象者 講師など
インストラクター養成研修 講師候補者全員(専門性の講師も含む) 外部講師・社外研修参加、徐々に講師経験者が担当
コミュニケーション研修 全社員対象(年間1回) 人事・教育担当者が社外研修でスキル獲得、初年度はメイン講師として実施

中堅社員の集合教育には、管理職が講師となります。「俺は忙しい」と言われる方もあるでしょう。しかし『教えることは学ぶこと』の如く、講師の役割を持った管理職は、本番を経験すると確実に意識が変わり職場内教育に厚みが出てきます。参加者にとっても、自社の管理職や先輩が真剣に誠実に教えてくれたこと、それ自体に意味があり、教育効果も格段にあがります。

「インストラクター養成研修」は、最初は社外研修に参加する、社外講師を呼ぶなど一定の費用を掛けますが、教え方の研修ですからコツをつかめばそんなに難しくない。したがって、それを社内版として実践できるようにすれば、費用は減る一方になります。ただ、インストラクターが育っても、実際に担当するとなると、準備には時間がかかります。それが負担で講師を引き受けない人も出てくるでしょう。そうなると人材はいつまでも育ちません。

そこで、人事教育担当者は、講師に任せきりにせず、事務局を引き受け、サポートし、時間的負担を少なくする。そして、講師を引き受けた人に「担当してよかった」という成功体験をしてもらう。ここまでが仕事になります。

(2) コミュニケーションスキル

職場のコミュニケーションをよくするにはどうしたらよいか。これは、全員が、毎年1回くらい、何らかの形で研修に参加することが望ましい。(図表2)

教わるのでもよいし、教える側に立つのでもよい。費用をかけないということならば、職場の勉強会でもよいと思いますが、基本的なスキル(話す・聴く・訊く・伝える)はきちんと押さえる必要があります。

このコミュニケーションスキルについては、最初、人事教育担当の方々が社外研修など専門教育を受け、それを社内に広めます。つまり、講師をする、ということが効果性を高めるポイントです。

人事教育担当の方々が、易しそうで一番難しいコミュニケーション研修を担当します。『教えることは学ぶこと』を実践し実感する。

その苦労が「荒れた職場」に温かな空気を吹き込み、それが会社全体の「働きやすい職場」のきっけになると思われます。

企画立案だけはなく、ぜひ先頭に立っていただき、次のインストラクターを育てることも視野に入れてフル回転していただくことが、「うつの時代の社員教育」には不可欠だと思います。大いに期待します。

おわりに

先日、ある企業に勤める人から「私の職場は管理職を除くと6名いるのですが、3名が精神科の病院に通院しています。何も起きないようにと、神経を使う毎日に疲れました」という暑中見舞いが来ました。

「うつ化」した職場は、それなりの背景と歴史がありますから、ちょっとやそっとでは抜け出せないのかもしれません。しかし、何かきっかけが必要かと思います。

今回、社員教育の観点から抜け出す方法を提案しました。少しでもヒントになればと願うばかりです。

(完)

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