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共済と保険 2011年9月号『うつの時代の社員教育(中)』

職場のウツ化(不健全化・不健康化)とは、「社員に精気がなく、生産性が低く、人が育たない」状態を指します。前回は、①職場の「ウツ化」がここ20年続いていること ②職場はなぜ「ウツ化」したのか ③どのように広がったのか ④なぜ20年間も止められないのか、を考えました。

今回と次回は、社員教育の立場から、「ウツ化」を止め、荒れた職場を働きやすい職場に戻すにはどうしたらよいか、その立て直し策を3つの視点で提案します。

とかく社員教育にはお金がかかるというイメージがありますが、この提案は低コストで実践可能、しかもかなりの効果を上げるものです。

バブル期にもうひとつの3Kとして存在した「交際費・広告費・教育費」。もしかしたらあの時代に湯水の如く使われていた教育費の何分の一か、何十分の一かもしれません。

またこの提案は、数社においてすでに実践、或いは実践途中であり、実際に職場の活性化の一助となっているものです。

社員教育の「新・三種の神器」

「人・もの・カネ」は企業経営の三種の神器ですが、ここでは、社員教育における新・三種の神器、「教育観(人間観)・教育システム・教育スキル」を使って、「ウツ化」し荒れてしまった職場を、どうしたら働きやすい職場に戻すことができるか、を考えていきます。

<教育観(人間観)>

唐突ですが、教育に携わる人は人間をどのような存在として見るべきなのでしょうか。

日本で昔からよく知られているのは、孟子が唱えた「性善説」と荀子が唱えた「性悪説」です。たしか、人間の本来の性質は生まれながらにして善とする考え方か、悪とする考え方か、というものでした。

アメリカにもこれと似た考え方があって、人間観について、アメリカの経営心理学者マグレガー(McGregor,D. 1906~1964)は「労働場面では2つの人間観が働いている。どちらをとるかで、人間の接し方が変わる。労働の生産性には、人間的側面が深くかかわっていて、その人間観が経営にも影響を与える」と言っています。

これがマグレガーの『X理論・Y理論』です。X理論(性悪説)とY理論(性善説)と考えてもよいでしょう。

図表1 X理論(性悪説)とY理論(性善説)
X理論(人間なまけ者論) 人間は本来、労働が嫌いであり、責任はとりたがらず、できるだけ楽をしようと自己中心的になる存在である。この理論に立てば、労働者は、そもそも働くことを避け、なまけたいはずであるから、監督者は、飴とムチで機嫌を取り、強制的に命令し指示しなければならない、と考え、人への対応や教育が監視的・命令的になる。この人間観に立つ人は、無意識のうちに相手が怠けないような布石を打つ。自分も他人から指導され命令されることを望み、厳格に統制され、強制されないと動かないと決めてかかるかもしれない。
Y理論(人間信頼論) 人間は、本能的に働くことが好きであり、遊び、休息、労働は、同じようにごく自然のものだと考える。この考え方に立つと、人間は周囲から邪魔が入らない限り、成長しようとする自然の力のように、労働する力を発揮するのである。人間はそもそも、成長したり創造したり働いたりする意欲が備わっている存在であるから、その意欲が自然に、発揮できるような状況や教育環境に人間を置くことが大切なのである。

『カウンセリングの話』平木典子著 朝日新聞社 参考・一部引用

平木氏はカウンセラーに向けて、「カウンセリングも人間を相手とした仕事である。カウンセラーの人間観がX理論に近いものであったとしたら、人間不信を前提として相手に接することになり、カウンセリングからほど遠いものになるであろう。カウンセリングの人間観は少なくともX理論ではない」と記しています。

カウンセラー同様、社員教育を預かる人、教育に携わる人も、人間信頼を前提とするY理論の人間観・教育観が求められていると思います。

しかし、前号「うつの時代の社員教育(上):本誌2011年8月号」の「誤った成果主義」や「リストラ」ですっかりX理論が染みついてしまった職場は、どうしたらY理論の人間観、教育観に変えることが出来るのでしょうか。

職場の「ウツ化」を止めるための方策:その1

少々無謀な提案かもしれません。

社員教育に携わる人は、Y理論の人間観に立つ人に限定するという作戦です。特に人事部門、教育部門の管理職は、Y理論の人間観、教育観をもった人にします。教育担当者も当然外部講師も、みんなY理論で固めます。人事教育部門に、X理論の人を置いてはいけないというくらいに。

「えっ?そんなこと出来るの?」多くの場合、人事異動が伴う方策ですから現実的でないと思われる方も多いでしょう。人事権がなければ確かに難しいことです。

しかし、人事教育部門の管理職や担当者を、人間信頼の考え方をもつY理論の人に限定すると、「ウツ化」した職場でも間違いなく職場全体が短期間でよくなります。

<事例1:J社>

J社は20年前に教育部門の部長がS氏(Y理論)に代わりました。S氏は、就任そうそう、課長(部下に命令的な態度をとり自分ではアイディアを出さず責任も取ろうとしない自己中心的な)たちと、よく話をしていたそうです。

「君はうちの会社をどういうふうにしたいの」「君が考えるJ社の教育体制のメリットとデメリット。3つずつ教えて」など、常に教育観や問題意識を問います。そして、同じ質問を若手の社員にもぶつける。時に部長席がディベートの場になったと言います。

こうして、S部長の、Y理論の考え方や教育方針、教育目標はどんどん浸透していきます。

そして「うちの社員には誰かの考えたありきたりの研修なんかダメだ。刺激があって意味ある教育を提供しろ。研修で課題を見つければ後は自分で学ぶよ。結局、自分で学んだことが仕事にも人生にも役立つんだから、教えなくていいんだ。どうしたら学ぶか徹底して研究しよう!」と、檄を飛ばします。

こうしているうちに、個々は鍛えられ職場は活性化します。みんな仕事が愉しく、達成感を求めチャレンジする日々です。それを上司が評価しフォローするので、ますます成長する。部長がY理論でいるということだけで、明るい職場ができていたのです。

さて、今のJ社はどうなっているでしょうか。

職場はX理論に席巻され職場は「ウツ化」。バラバラ。誰もがリストラに合わないようにただただ自分の世界で生きている。荒れた職場の典型だそうです。いったいどうしてこんなことになったのでしょうか。

S部長の明るい職場は、後任のW氏によって一変し半年で壊れてしまいました。W氏は、X理論、人間不信派。部下の口答えは許さない、飴とムチ、出来るヤツは生き残れ、専門性の教育研修だけは残すが、それ以外は一切必要ないという考え方。

したがって、管理職研修などの階層別研修はすべて取りやめ。コミュニケーション、リーダーシップ、問題解決、メンタルヘルス、など目的別の啓発研修もなくす。驚くべきは、これまで研修で使用していた資料類・教材類を、必要がなくなったからという理由ですべて廃棄させたというのです。かつての教育担当者が試行錯誤して作成したオリジナルの資料は、J社の財産です。それを中身も見ずに捨てさせる神経は、到底理解に苦しみます。

そしてバブル崩壊。J社は誤った成果主義で、ほとんどの職場が壊れました。教育部門も壊れたまま。その後赴任した2人の部長は、静かなX理論者。ゆえに、立て直しは難しい。

J社の人事が本気で「教育部門」を立て直したいと思うなら、方法はただひとつ。最初のS部長のような、Y理論、人間信頼の考え方をもつ人を探し、とにかく部長に据えること。これしか再生の見込みはないのです。

信頼関係が崩れた場合は、人がなんとかするしかありません。壊れた職場の部下たちは、自分たちを認め信頼して欲しいと思っています。Y理論が実践できる上司がいれば、みんな元気になって、自分たちの職場を自分たちで創りはじめるでしょう。

ただ、ここまで職場が崩壊してしまうと、Y理論を唱える管理職が果たしてどれくらい残っているのか。それが問題です。

もし残っていないなら、Y理論の管理職を育てる研修を特別に実施することでしょうか。

<事例2:T社>

T社の最初の研修オーダーは、人事教育部のK部長からいただきました。

「今の社員は、好き勝手に仕事をして困る。楽をすることがいいことだと勘違いしている。特にベテランは影響力が強いので何とかしたい。管理職も指摘や指導ができずに放置している。こんな状態では、よい仕事が出来るわけがない」というお話でした。

前述のJ社とは荒れ方が多少違います。荒れていると言うより、集団としての成熟度が低い、と言った方がよいでしょう。それでまとまりがなく荒れたように見えるのです。

こういう場合、よくあるのはX理論の教育観をもつ講師に鬼軍曹のように叱咤激励する研修をオーダーする。そして失敗するというものです。成熟度が低いのですから、丁寧に人としての対応が出来なければ、そっぽを向かれてしまいます。

K部長は、これまで実施した研修がなぜ効果があがらなかったか悩んだようですが、自分と同じような教育観をもつ講師を選択しました。

そして、「これからは、1回限り、1年限りの研修はしたくない。効果がわからないから。じっくり腰を据えて、長期的な教育計画を立てて実施してもらいたい。うちの社員は、学ぶ必要性がわかりきっかけをつかめば学ぶと思う。力をつけたら発揮するだろう。特にここ数年の新人には大いに期待している。新人とベテランが協力出来る愉しい職場にしたい」

こうした希望を明確にして講師に委託しました。

T社の年間研修はそろそろ3年目に入りますが、最近4つの集合研修(15コース)を担当していて驚くことがあります。「新入社員」「新人の指導担当者」「中堅社員」「リーダー」のどのクラスにも見られるのですが、初年度にガチガチのX理論だった参加者の何人かが、徐々にY理論に変化しているのです。態度も表情も発言内容も、確実に変わってきています。

この変化は、幹部の方々にも感じます。どちらかというと部下への不信観をあらわにし、諦め気味だった方が時間を作って研修のオブザーバーをされるようになりました。

「研修なんか効果ないよ。ベテランは特にね」と話していた方が、なぜか後ろの席で熱心にメモをとっています。

この現象は、マグレガーに大きな影響を与えた、マズローの人間観で説明することができます。

マズローの欲求5段階説(図表2)で言えば、4つ目の承認の欲求、或いは5つ目の自己実現の欲求にかなり近づいているのかもしれません。

もっと成果を見たい、他人に評価されたい。の段階をクリアすると、自己実現の世界になります。自己実現は、成長動機とよばれるもので、自分への期待感、使命感が全面に出る、というものです。

T社の変化は、人事教育部のK部長のY理論からスタートしていますが、このまま行けば、X理論だった研修参加者もどんどんY理論となって、職場だけではなく会社全体の活性化が期待できると思います。

さて、次回は、「新・三種の神器」の「教育システム」と「教育スキル」について触れます。安価で効果性の高い方法をご紹介します。

(続く)

図表2 欠乏動機と成長動機(マズローの欲求五段階説)
⑤ 自己実現の欲求 ・可能性の実現
・使命の達成
成長動機
④ 承認の欲求 ・人から尊敬されたい
・自信、自尊心をもちたい
欠乏動機
③ 所属と愛の欲求 ・集団に所属したい
・友情や愛を分かち合いたい
② 安全の欲求 ・保護されたい
・風をしのぎたい
① 生理的欲求 ・性欲
・飢え、渇きを満たしたい

人間は、生まれながらにして、より成長しよう、自分の持てるものを最高に発揮しようとする自己実現の動機づけを持つ存在である。

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