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共済と保険 2011年8月号『うつの時代の社員教育(上)』

操の時代・欝の時代

昨年の夏、あるラジオ番組で作家の五木寛之氏が話していたワンフレーズが耳に残っています。

「戦後(1945年)から50年間は『躁-ソウ』の時代、そして、サリン事件や阪神淡路大地震が起きた1995年以降は『欝-ウツ』の時代」と。時代を「ソウとウツ」で分けた五木氏。大きな流れとしてこの区分けは実感するところです。

ただ、社員教育の現場からみると、職場はバブル全盛時の88年頃からすでにウツの兆しがあり、バブルが崩壊する92年頃にはジワジワとウツ化が広がり、五木氏がウツの時代に入ったとする95年以降は、どっぷりウツ。抜け出せない状況が続いています。

ソウとウツ。ここでは、「ウツ」=「不健康・不健全状態」と考え、職場がなぜここまで不健康になってしまったのか。なぜ、この状態を止めることができないのかを考えてみます。

そして、次回は「ウツの職場」をどのように建て直したらよいか。社員教育の観点で提案してみたいと思います。

1 なぜ、職場は「ウツ化(不健全化)」したのか

見過ごされていた精神疾患

88年頃のバブル期、いろいろな研修現場で、気になる態度を見せる参加者がありました。

アルコール中毒症状の人、人事異動発令以来、手の震えが止まらないと言う人、特定の場面で全く話せなくなってしまう場面緘黙の参加者、趣味や娯楽には打ち込めるのに仕事や研修はできない、という最近注目されている「新型うつ」と呼ばれる症状を見せる20代、30代の参加者もありました。じっとしていられない人、ため息ばかりの人、反応が極端に少ない人など。みな表情が堅く苦しそうで、普段の職場ではどう過ごしているのか、適切な治療がなされているのか、心配になりました。

そこで、研修担当者を通じて企業の人事や職場の上司の方にお話をさせていただきたいと申し出るのですが、一様に「うちの会社にそんな変な社員はいませんよ」「研修だから緊張していたのでしょう。気にし過ぎです」「うちの○○は、優秀ですよ。昼休みはテニスコートでストレス発散していますよ」と一笑に付されてしまい、聴く耳をもっていただけません。

ストレスや精神疾患について知識がなくても、「人」が大事な企業なら「講師はうちの社員のどこを見ているのだ」と、抗議に飛んで来てもよいほど重要な内容なのに、と残念に思いました。

考えてみれば、当時はまだ人事部門に社員の心理面やストレスマネジメント教育に対する抵抗感、あるいは偏見があり、管理職教育のプログラムに部下の心の健康に関する知識や対応ノウハウは入っていなかった。そのため職場を預かる管理職は、様子がおかしい部下がいてもどうしたらよいかわからない。因ったことに、当時は心の病を匂わせる部下がいると言うだけで、人事から「ダメ管理職」のレッテルが貼られる恐れがあり、見て見ぬ
振りをせざるを得なかった、ということも対応を遅らせた理由と考えられます。

ところで、なぜバブル期に精神疾患の疑いがある人やその予備軍が存在していたのか、と思われる方もあると思います。黙っていても右肩上がりでものが売れる時代でしたし、会社の規模は拡大しポストはいくらでも用意されていました。給料もボーナスも十分にあった。仕事が愉しくやりがいがある、と思っている人は圧倒的に多かった時代です。

しかし、一方で好景気ゆえに企業競争は熾烈で社員同士の競走も激しかった。心ないリーダーは、「売上げ=人格」と言って憚らないので、実は神経をすり減らしている社員はたくさんいたのです。職場は、「損か得か」、「勝ったか負けたか」が価値基準でありすべてのことをお金に換算する市場原理主義が幅を利かせていました。

こうした効率一辺倒のやり方が合わずに拒否反応を起こす人、能力不足で結果が出せず追いつめられてしまう人が出て来てしまうのは、当然といえば当然でした。

こうしてバブル景気のさなかでも、気をつけてみると「症状」をみせる人やその予備軍は存在していたのです。ただ、人事や上司たちは、まったく気づかない、あるいはそのフリをしていたのです。

ウツの芽

人事や上司が部下のSOSに気づかない。「症状」を認めず、或いは隠し、何の対策もとらない。このような現実を、机を並べている同僚たちはどう思っていたのでしょう。

「普通の病気ならすぐに何とかしてもらえるのにどうして……」。「真面目でいいヤツなのに、ああなると守ってもらえないのか……」。「明日は我が身か……」。

漠然とした不安や恐怖感がヒタヒタと職場全体に広がっていったと思われます。これがウツの芽です。

不安に耐えられない人の中に、自分を守るためにあえて管理職側に立ち、苦しんでいる同僚に心ない言葉を浴びせている。という話をグループ討議などでもたびたび耳にしましたが、防衛のために弱い人を攻撃するという行為も、不安や恐怖感から来ていますので、ウツの芽です。

つまり、ウツの芽は、「症状」をみせる本人というより、人事や上司の無関心さや冷たい対応を間近に見た同僚たちにこそ宿るものです。不安やストレス、行き場のない怒りを感じ疑心暗鬼となる。気がつけばこころを閉ざしている。ウツの芽は、こうして職場のメンバーに伝播していきました。

社員を救ったごく稀なケース

ここに、ウツの芽を職場に発生させなかったお手本とも言えるケースを紹介します。人事と上司がウツの芽とどんな関係にあるか、わかっていただけると思います。

S社の係長研修での出来事です。講師→研修事務局→労務課長のルートで本人の異常を知った労務課長は、すぐに本人と話し合いをもちました。本人了解のもと、本人の上司と家族に連絡を取り、翌朝、労務課長自ら羽田まで本人を送ります。迎えに出た直属の上司と家族はその足で病院に行き午後の診察を受けさせました。1週間の入院、3週間の通院、カウンセリング。その後のリハビリを経てたった3カ月で職場復帰。この間、本人の意志を尊重しながら、医師、家族、上司、労務課長、人事部長が連絡を密にしてきめ細かな対応をしました。特に上司は、部下全員にきちんと病状を説明し専門家からの指示に従い職場復帰の協力支援をするよう指導したそうです。研修以前からこの係長の様子が気になっていた部下たちは、上司の説明に安心し納得したと言います。こうして、職場の人たちは、病気にも係長自身にも偏見を持つことなく、上司の指示・指導に従い支援協力を惜しまず、係長の職場復帰に協力したのです。

S社のケースをみると、ウツを職場に発芽させる企業とそうでない企業の違いがはっきりわかります。人事部門と管理職の見識とリーダーシップ行動が、ウツの芽の発生に大きく関係していることがわかります。そして、水際で止める大切さも。

誰も行かないカウンセリングルーム

その頃、ある企業の研修参加者Yさんから伺った話を紹介します。

Yさんの会社で、人事部門の片隅に「カウンセリングルーム」が設置され、産業カウンセラーが月に3日来ることになったそうです。しかし、「そんなところに行ったらダメ社員のレッテルを貼られる」ということは周知の事実で、誰も利用しない。すると、人事からYさんに「カウンセリングルームに行くように」というお達しがあった。「別に君を変な社員とは思っていないから心配しないように。ただ、カウンセリングルームを稼働させないと人事が困るらしい」。上司にこう言われたYさん。丁重に断ったそうですが、「人事や上司に嫌悪感を覚えた」と話してくれました。

「変な社員」はいないと言いつつ、さすがに放置することが出来なくなった企業は、カウンセリングルームを設置し始めていました。倉庫の奥の謎の扉だったり本社から離れた歓楽街の一角のビルだったり……。

不自然さはあるものの、辛い症状を持つ人にとって、カウンセリングルームを経て専門医の診察が受けられるルートが確保されたことは、大変よいことだと思います。ところが大きな問題が起きていました。肝心のカウンセリングルームに「職場のストレス事情」を熟知した専門医やカウンセラーが配置されていないのです。そのため、中途半端な形で職場復帰させかえって症状を悪くする、というケースが続出しました。結局、完治しないまま退職。その後どうなったのか同僚にもわからない。寂しい結末ですが、当時はそんなケースは珍しくなかったと記憶しています。

2 広がるウツ化

ウツ化を本格化させた犯人は、誤った「リストラ」と「成果主義」

不幸にして「ウツの芽」を職場に宿した企業は、92年頃のバブル崩壊をきっかけに、ウツの芽が大きく育ち、ウツ化を拡大することになります。

バブル崩壊を認識した企業が実施したこと。それは「リストラ」と「成果主義導入」でした。リストラとは、正しくは事業のリストラクチャリング(Restructuring) のこと。事業の見直しを通して再(Re)構築(structuring)をするというものです。事業規模(収入)にあわせて組織を再編成(出費の抑制)し、人事制度を変え、適材適所に人を再配置し、それに添った教育をする。これが本来のリストラです。ところが、多くの企業は出費の抑制を「誤った成果主義」による「首切り」で実行してしまった。これが、ウツの芽、ウツの兆しがあった職場を一気に「ウツ化」させた原因と考えられます。

そもそも、成果主義は、リストラ(事業の再構築)の一環として93年に富士通が先陣を切り導入しました。模様眺めだった他の企業がこぞって追随し成果主義ブームが起きたのですが、富士通はじめどの企業も正しく機能させることができなかった。これは、後に富士通の人事担当だった城繁幸氏の『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』に詳しく書かれていますが、研修の現場で見ていると、人事の不勉強、急ぎすぎ、教育不足による制度の不徹底など、失敗の要素はたくさんあります。

ふりかえれば、超一流企業の人事に冷静さを失わせ、判断を誤らせるほど、バブル崩壊の打撃は大きかったのだと思います。

正しい「成果主義」とは、能力を発揮し成果をあげた人にはそれ相応の報酬(給与・待遇など)で応える、そうでない人は少ない報酬となります。

当初この明確な基準は、年功序列時代にネックだった<公平という名の不公平>が一掃されるシステム、と若手社員を中心に歓迎されました。

確かに、経験年数が多いだけで仕事をしない人や成長しない人が高い給料をもらっていましたし、どんなに苦労し貢献しても給料は上がらない、などさまざまな不満があったのも事実です。

仕事は能力差があって当たり前、能力や貢献を客観レベルで報酬に反映させるのは当然、という成果主義の考え方は、リストラ(事業の再構築)の目玉として多くの社員をワクワクさせる人事システムだったと思います。しかし、正しくは使われなかった。

一番の問題は、成果主義の中心となる「目標管理制度」と呼ばれる制度の周知徹底が出来なかったことにあります。開始を急ぐ余り、上司にも部下にも教育をまったくといってよいほどしていない。少しの説明と難解な紙ベースのマニュアルを送り、スタートしてしまった企業が多かったように思います。

目標管理制度とは、「上司と部下が話し合いのうえ、目標を決め、それを客観評価する」というものです。目標も評価も可能な限り数値化し、客観的な視点に立って評価する。評価内容については、双方が納得するまで話し合う。そのための面接が必須事項となっています。

面接は、目標設定から中間評価、最終評価まで5回程度実施することが無理のないやり方でありルールと言えます。時間はかかりますが、細かなニュアンスを伝えることが出来るため、上司も部下も納得感があります。

目標管理制度は、指導の機会が増えることで、気づかないうちに上司も成長しているという大きなメリットがあります。

しかし、ほどなくして誰もが「目標管理制度」には成長とは真逆の、悪用のメリットがあると気がついたのです。しかも、そのメリットは莫大であると。そこには実に巧妙な仕掛けがありました。

管理職がある部下に能力よりはるかに高い目標を設定し、「期待している」という言葉で納得させる。もちろん簡単に結果は出ないため評価は低くなります。ふりかえり面接で実績も能力も低いことを社員に認めさせ、あろう事か「首切り」の材料にしてしまう。

こうすれば、あっと言う聞に人的コストの削減が図られます。あまりにも簡単にコストを削減できるシステムを手に入れた人事は、恐いものなし。成果が上がり役員に認められたと興奮する人事担当者を、何人も見ています。

穿った見方かもしれませんが、今にして思えば、これも企業側の作戦だった可能性があります。企業は、研修を短時間に設定し、<目標による管理は”客観評価”>ということを理解させ、もし目標達成ができないときには部下に厳しく”自己責任”を追及してもよい、場合によっては合法的に辞めさせることができる。それが管理職の評価となる、ということだけを印象づけたのではないか。少なくとも結果的にはそうなりました。

誤解を恐れずに言えば、管理職は「成果主義」の本質を知らされないまま、人員整理に荷担させられ、部下たちはその犠牲になったのです。特に、既にウツの芽を宿していた人たちにとって、ひとたまりもなかったのではないかと思います。

あの当時、「合法的に社員を辞めさせたいので、そういう研修をしてほしい」という、ウソのようなホントの研修オーダーがありました。

もちろん断りましたが、それを得意とする講師も多数現れ、教育とは呼べない「恐怖の集会」が日本全国で秘密裡に行われていました。この時代、この種の研修は陰のヒット商品であり、それを得意とする外部講師がいたのです。

ウツの芽を宿していた人は、こういった研修に参加させられ、次々に辞めていった。こうして職場は、ますますウツ化に拍車がかかり、恐怖のるつぼと化していったのです。

3 なぜ、ウツ化を止められないのか

「社員に精気がなく・生産性が低く・人が育たない」職場

職場は、誤ったリストラ政策で正社員を極限まで減らした結果、本来のリストラクチャリングである適材適所の再配置などはできるはずもなく、日常の仕事も回らなくなっていました。サービス残業→疲労困憲→ミス・クレームの増加、という3点セットによって、社員に責任を取らせ辞めさせる。辞めた正社員の代わりは、専門知識のない非正規社員で埋め合わせる。まるでゲームのようなやり方で、人的コストを下げ続けているのです。

誤ったリストラ、誤った成果主義・目標管理制度を導入した多くの企業では、職場全体がウツと化し、職場は荒れに荒れ、「社員に精気がなく・生産性が低く・人が育たない」という、どうしようもない状況が続いています。特に、就職難だというのに若者がさっさと辞め、将来を託す「人材」が育っていないこと。これは、企業存続にかかわる大きな問題です。

今、企業が「ウツ化」を止め、職場の立て直しをはかるために何をしたらよいか。危機感をもち真面目に対策を考えている人はいます。しかし、あまりに荒れているので、どこから手を付けたらよいかわからない。

そこで、次回は、ウツ化を止め、荒れた職場を働きやすい職場に戻すには、どうしたらよいか。立て直し策を、社員教育の観点で提案してみたいと思います。

(続く)

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