成果主義時代のキャリア支援策は、どの企業もまだ試行錯誤の段階であり、職場定着はこれからだと思う。上司による「部下へのキャリア支援」もそのひとつである。何をどのように実践したらよいか戸惑う上司、悩む管理職は多い。また、次のような意見をもつ上司もいる。
- 成果主義では、上司は部下の目標設定と評価・面接によるアドバイスをすればよいはず。もうOJTはそれほど必要ないだろう。
- キャリア開発は「自己管理」というのが原則だそうだから本人に任せたらよい。もし相談があれば、相談室のキャリアカウンセラーにお願いすればよい。資格のない上司に、キャリアカウンセラーの代わりはできない。少なくとも私は柄じゃない・・・・・・。
そこで、筆者が研修現場で得た「上司の本音・部下の本音」をベースに、キャリア支援のあり方と、そのための管理職研修のポイントを考えてみたい。
1.なぜ上司による支援が必要か
(1)キャリアプランが書けない社員
ちょうど成果主義に切り替わり始めた頃と時期が重なるが、ここ10年、筆者は20代後半から35歳くらいの社員を対象とした「キャリアデザイン研修」や「ライフプラン研修」の講師を担当してきた。
研修は、成果主義時代の「キャリア開発・キャリア形成」について、
- その必要性を学び
- キャリア構築の方法を知り
- キャリアプランを具体化する。
- キャリアプランを実現するために、上司にどのようなキャリア支援をうけたらよいかを明確にする。
ある程度キャリアを積んだ中堅層なのに、キャリアを活かした将来のキャリアデザインやライフプランが描けない。③が描けないから、④の「どのような支援を受けたらよいか」という項目も、同じように4苦8苦することになる。
「部下の本音」
ある時、書けない人には2種類のタイプがあることに気がついた。
<会社が敷いたレールを走ってきたから書けない>タイプ。
敷かれたレールを走ることがすなわちキャリアを積むこと、あるいは出世の近道と考え、敢えてそれを選択してきた人たち。このタイプの人は将来のことにるいて漠然と考えることはあっても、どこかで他人任せという感じを受ける。実際に自分でレールを敷くという経験はほどんどなく、研修で初めてという人もいる。なかなか思い浮かばないし、思いついて書き始めても、今度は考えがあちこちに広がり具体化するまでに相当な時間を要する。
<本音を隠しているから書けない>タイプ。
シートは一応埋まっていくが、内容は教科書的で現実味が感じられない。参加者の席を回って個々に話を聴いてみると、次のような本音が出てくる。
「現状に満足しているので、異動や転職は考えていない。消極的かも知れないが3年後もこのままがよい」
「煩わしいことは嫌いだ。給料が下がってもいいから、管理職にはなりたくない」
「リストラを恐れている。だから上司が期待するプランにした。無理してでも従うつもりだ。自分の夢やプランはあるが、今そんなことを言い出すことはできない」
「将来への熱い思いやアイデアはあるが、きっと上司に1笑に付される。どうせ理解されないのだから書かない」
「実は、来年資格を取り3年後に転職する予定にしている。上司に知られたくないから本当のことは書かないし相談もしない」・・・・・・
これらは貴重な「部下の本音」である。しかし、彼らは書かない。上司が聞いたら怒り出すかもしれないが、「今の上司には意地でも支援を求めたくない」という理由で④を書かない人もいた。両者の関係にこじれを感じるが、事実ならそれもよい。
本音というものは強烈であり時に残酷であるが、無視してはならない。実のあるキャリア支援は、むしろこのような本音に蓋をせず、上司が引き出すことからスタートしたい。
(3)上司によるキャリア形成支援の必要性と効果
部下が本音を隠して、ひとりでキャリア開発・キャリア形成をしようと試みてもおのずと限界がある。何らかの形で上司が部下の本音を知り、そのうえで部下のキャリア形成支援をしていきたい。
研修では、職場に戻ったら記入したシートを見せながら上司と面接をするように勧めている。しかし、もし冒頭のような考えを持つ管理職だったら「俺は忙しいんだ。そういうことはキャリア相談室に行ってほしい。専門家がいるんだろう・・・」と突き放されるかもしれない。
ところが、キャリアカウンセラーがその社員の③と④について知ったとしても、日常の様子がわからないため、アドバイスは一般論の域を出ない。具体的な支援にはほど遠いことになる。
その点、職場の上司は仕事を活用したキャリア形成支援が可能だ。一番近いところにいるのだから目が届く。
たとえば、商品がヒットして忙しくなったとき、入社5年目の社員に係長と同じような役割をもたせ「あるエリア」を任せる。もちろん責任は上司にあるが、若手社員にミニ係長経験をさせることは、強い動機づけになるし仕事を通してキャリアを積ませることになる。もし人を増やさないで業績を上げることができたなら、部下のキャリア支援、人的コスト削減、業績アップ、という3つのメリットにつながる。
このように、上司による部下へのキャリア支援は管理職の本来業務であり、OJT教育の範疇にある。上司は支援によるメリットを認識して、部下のキャリア形成を積極的に手伝ってほしい。
2.キャリア支援の前提は協力関係
部下のキャリア形成を支援する際、大事な前提がある。それは、
- 上司と部下の関係が良好であること。
- 部下との間には、上下関係だけではなく、協力関係・信頼関係があること。
誤った成果主義によって「評価する上司」と「評価される部下」の信頼関係が壊れてしまった職場は、関係改善が第1の仕事になる。「上司の支援は受けたくない」vs.「部下の支援は面倒だ」という目に見えない敵対関係をどうしたら協力関係に持ち込めるか、そこが再スタート地点になる。
日本企業の経営問題について「上司と部下関係」という側面で国際調査を進めている中央大学大学院教授の佐久間賢氏は「成果主義導入の基本的条件」(『中央公論』2002年1月号)の中で、「日本企業の競争力の源泉であった『職場の信頼関係』が急速に失われ、欧米企業のそれと逆転している状況が現れています」と問題提起している。また、「これからの職場は上司と部下関係が組織運営の優劣を決める」と示唆している(『人事院月報』2004年10月号)。
成果主義導入依頼、職場の人間関係にきめ細かさが失われつつある。殺伐とした職場もあるだろう。上司は、このような厳しい状況から信頼関係・協力関係を再構築し、支援に結びついてる力をつけなければならない。
3.上司のキャリア支援スキル
(1)3つができればOK
上司が自信をもって支援するためには、何ができればよいのか。必要なものとして、以下3つにまとめる。
- 部下全員と信頼関係・協力関係が構築できる。
- 部下全員の本音を聴くことができる。
- 部下個々に応じたキャリア支援スキルを複数使ってサポートできる。
支援をするには、これまでのOJT教育で培った指導・管理に関するスキルだけでは足りない。支援をするためのアプローチ方法として、
- <来談者中心的カウンセリング>
- <行動主義的カウンセリング>
- <論理療法・認知療法によるカウンセリング>
- <特性因子論的カウンセリング>
というようなカウンセリング手法が必要になる。すでに見についていて無意識に実践していることもあると思うが、それにさらにプラスしたい。
たとえば、同期の中でただひとり昇進できなかった部下が「転職を考えたい」と言いに来たとする。この場合、上司はどのようなキャリア支援スキルを使ってサポートしたらよいのだろうか。
1年前にキャリア・コンサルタントの資格試験にパスしたA氏と、特に資格はないB氏を比較して考えたい。
A氏は、部下に辞める決意が堅いか確かめたあと、学んだ知識をフルに活用すべくすぐにキャリア相談室に電話をかけ、職業適性検査や性格テストなどのアセスメント診断、履歴書の書き方、インターネットでの仕事の探し方など、転職に向けての指導を依頼した。部下は、1回相談室に行ったきりで退職の日を迎えた。
B氏は、部下と話し合う時間を2度にわたってつくり、じっくり現在の心境を聴いた。すると部下から「同期でひとりだけ昇進しなかったのは試験の成績というより僕が院卒ではないからだ。昇進しなかったことは会社を辞めたいほど辛い。今の会社はイヤではないが、ダメの烙印を押されたので仕事に身が入らない。これからやっていく自信がない」と言う。
そこで、「転職を口にするのだからよほど苦しかったのだろう。よく話をしてくれた。院卒でないから昇進しなかったのではなく、君の能力が1定の基準に達していなかったことが昇進できなかった理由だ。具体的にはこのデータを見てほしい。挽回のチャンスはいくらでもあるが、どう思うか」と水を向けると、部下から「来年も試験はあるのか。適性があるのか知りたい。それまでにどんな力をつけたらよいかも知りたい」と質問があったので、人事にアセスメントを依頼した。2週間して「もう1度チャレンジしたい」と宣言があり具体的な支援活動に入った・・・。
この間B氏がしたことは、部下の本音をじっくり傾聴し(来訪者中心のカウンセリング)、院卒でなければ昇進でいないという部下の非論理的な思い込みに気づかせ(論理療法・認知療法によるカウンセリング)、これからの目標設定と具体的行動の仕方にアドバイスし(行動主義的カウンセリング)、そのためのアセスメント依頼(特性因子論的カウンセリング)をしたのである。
B氏の場合、これらがすべて支援スキルになっている。a、b、cすべてクリアしている。A氏は 悪気はないとは思うが、まるで転職宣言を待っていたかのような気の早い判断をした。上司は部下の本音を聴けないまま、部下は会社への不満を抱えたまま会社を去っていく。ここまで育てたコストを考えても、残念な結末だ。
(2)アサーション・トレーニングの効果
ところで、B氏はなぜ部下のキャリア支援ができたのだろうか。それは、B氏が管理職として「アサーション・スキル」を身につけていたからである。アサーションは、行動療法の分野で開発された相互尊重のカウンセリング・スキルであるが、前述a、b、cのかなりの部分をカバーしている優れたスキルである。
詳しくは『アサーション・トレーニング』(平木典子著)を読んでいただきたいが、部下とのコミュニケーションをとるとき、お互いに言いたいことがあれば、お互いを尊重した上で自己表現していこうというものである。私たちは、遠慮や恐れから非主張的(ノン・アサーティブ)になったり、つい言い過ぎて攻撃的(アグレッシブ)になったりすることがある。それが誤解や不満、怒りを生み、敵対関係やストレスへと発展することが少なくないが、アサーション・トレーニングを積んでいると、プロセスの中でそうしたことを簡単に修正することができる。
アサーション・トレーニングには、傾聴と共感を主体とするロジャーズの来談者中心療法、行動主義的アプローチのエリスの論理療法がすでに含まれている。したがって、アサーション・トレーニングを「管理職研修」に取り入れることで、短時間で必要なカウンセリングスキルを学ぶことができる。特にaとbについては、来談者中心のカウンセリングよりも アサーション・トレーニングのほうが現場に合った形で学習できる。
4.管理職研修での実践メニュー
(1)Off・JT、OJT、自己学習の連動
忙しい管理職なので、きっかけとなる3日間の管理職研修メニューを紹介したい(図表1)。3日ではもちろん身につかない。これをOJTと自己学習に連動させ、中長期にわたって「実践」してもらうことが肝心だ。
ベースとなる3日間の研修の目的は、なぜキャリア支援が必要なのか、支援を成功させるためには自分にはどんな課題があるか、その課題を達成するための能力・スキルは何か、それを「見つける」ことである。必要性と有効性に納得できれば、その後の自己学習や社外勉強会、職場のOJT教育での実践に意味を見出すことがでいる。実践の場を広げ継続していけば、半年後にはかなりのスキル獲得ができると思う。
(2)a→b→cの順番がポイント
ただし、aとbがでいなければcはないという厳しい現実がある。そっぽを向いている部下にいくら支援をしても、効果は望めない。しかし、逆に管理職にaとbのスキルが備わって発揮できたのなら、支援はほぼ100%成功すると考えてよい。部下にも「学ぶ力」があるので、それを引き出すこどになるからだ。したがって、図表1にあるように、キャリア支援のための「管理職研修」は、aとbが主体になって展開する。aとbをおろそかにすると、いつまでも形だけの上限関係しかつくれないからである。
5.なにをもって成功とするか
図表2は、ある教育雑誌の巻頭に掲載されていたものである。同期入社のA子とB子。A子は、その場しのぎで3年を過ごした。同じ1年を3回繰り返したたけ。一方、B子は1年目に経験したことを2年目に生かし、さらに3年目へと積み上げていった。それがこの面積の違いとなった。
上司は、B子のようなパターンになるように部下の支援をしたい。部下がB子のパターンで成長していたなら、上司によるキャリア支援は成功と言える。
また、懸命に部下のキャリア支援をしていたら、結果として上司にも力がついていた。部下も上司も成長の実感がある。ここにもキャリア支援の成功をみることができる。
さらに、上司が部下のキャリア支援をしていたら、いつの間にか職場が明るくなり、風通しがよくなった。職場に活気が生まれお互いの成長がわかる。それを喜び合える。最終的には、この時点がキャリア支援の成功といえる。
上司にとっては大変負担がかかるキャリア支援システムだが、全員がキャリアアップし職場が活性化されるのだから、取り組み意味は大いにある。
| 午前(9:00~12:00) | 午後(13:00~18:00) | |
| 1日目 |
|
|
| 2日目 |
|
|
| 3日目 |
|
|
- Newer: Career Management 2006年2月号 『ケーススタディ No.973 心もとない後任担当者』
- Older: Career Management 2005年5月号 『ケーススタディ No.956 ベテラン女性社員の悩み』
Trackbacks:0
- TrackBack URL for this entry
- http://www.kondokk.com/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=94
- Listed below are links to weblogs that reference
- Career Management 2005年5月号 『上司による「部下のキャリア支援」を成功させるには』 from www.kondokk.com